2006年07月20日 (木) | 編集 |
前からそうでしたが、ゼ・ルイスとの比較がらみですっかり「配る人」「捌く人」という認知で定着しているのが露になっている感じですが。僕自身もそれらしいこと言ってなくもないですし。
でもふと思い返してみると、同じ4−3−1−2を基本としていたロリでデビューした頃は、むしろ「動く人」「飛び込む人」、「自ら動き回りながら繋ぐ人」というそういうイメージの方が強かった気がするんですがどうでしょう。
それはそれで当時(ユース時代と比べて)”意外な”印象でもあったわけですが。
ゼ・ルイスが来たのを機会に、そういう面をより多く出していくというのも色々な意味で好都合なのではないかと。まだ若いんだし。
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でもふと思い返してみると、同じ4−3−1−2を基本としていたロリでデビューした頃は、むしろ「動く人」「飛び込む人」、「自ら動き回りながら繋ぐ人」というそういうイメージの方が強かった気がするんですがどうでしょう。
それはそれで当時(ユース時代と比べて)”意外な”印象でもあったわけですが。
ゼ・ルイスが来たのを機会に、そういう面をより多く出していくというのも色々な意味で好都合なのではないかと。まだ若いんだし。
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2006年07月16日 (日) | 編集 |
ゼ・ルイス、微妙。
どうせボランチ獲るなら出来れば「押さえる」タイプか「動く」タイプなら使いやすかったと思うんですが、繋ぐ/配るタイプみたいですねどうも。
勿論ボランチに配球能力があるのは悪いことではないですが、優先順位的にどうだろうというかそんな小洒落たもの今のウチにくれてやっても宝の持ち腐れというか、それよりも海本、石川と立て続けに獲った攻撃プロパーなサイドバックを使いこなすパターン作りでもする方が先だろうと、効率・最適化という観点からはどうしてもそっちの方に考えが行ってしまいますが。
最近のモードであるトレスボランチ”マルクス・システム”を基準に考えれば、ちょこちょこサイドで根占や久場あたりと競ってるくらいなら、多少無理にでも真ん中にアンカー兼司令塔として据えて両サイドの日本人を手足として使うくらいじゃないと、わざわざ獲った甲斐がないというかチーム作りの流れ的に収まりが悪いなという感じ。
取り立てて何も出来なかった前半を見たラモスが実際に打った手は、喜名と並べたドイスボランチへの変更で、元々デジマールの代わり(順番逆ですが)に開幕にいたかもしれないという事情からすればなるほどそういう(開幕当時の構想のシステムにおける)役割の方がしっくりは来そうで、後半はいくつか効いた場面も見られました。
ただそれだとせっかくトレスボランチで曲がりなりにも安定してきたディフェンスが・・・・とまた心配になりますが、3−1,4−1とリードが広がってからラモスがそそくさと4−3−1−2に戻してきたことからすると、そこらへんの自覚は十分にありそうですね。マルクスに2列目サイドをやらせる不安も含めて、『攻撃用シフト』くらいに現状では考えるべきかと一応は納得しますが、でもそれなら大枚はたいてゼ・ルイス獲った意味はと振り出しに戻る。(笑)
・・・・まあしょうみのところは「ゼ・ルイスを獲った」のはより絶対能力の高い選手が欲しかったという単純な問題で、4−3−1−2だマルクスシフトだといった「チーム作りの流れ」とは無関係なんでしょけどね。タイミング的にも。
上のシステム変更、及びろくに上がれてなかった右・海本/左・藤田の名前だけ攻撃的なサイドバックの編成を右・藤田/左・菅原の慣れ親しんだ現実路線に戻した件、いずれもこの試合については有効な采配でしたね。挙句今後海本と石川の出番が減っちゃったりすると、それはそれでもったいないお化けが大行進しそうですが。
徳島はメンツ的にはもうちょっと強くてもいいと思うんだけどなあ。2トップどっちかくれ。
J2第28節 東京V○4−2●徳島(味の素)
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どうせボランチ獲るなら出来れば「押さえる」タイプか「動く」タイプなら使いやすかったと思うんですが、繋ぐ/配るタイプみたいですねどうも。
勿論ボランチに配球能力があるのは悪いことではないですが、優先順位的にどうだろうというかそんな小洒落たもの今のウチにくれてやっても宝の持ち腐れというか、それよりも海本、石川と立て続けに獲った攻撃プロパーなサイドバックを使いこなすパターン作りでもする方が先だろうと、効率・最適化という観点からはどうしてもそっちの方に考えが行ってしまいますが。
最近のモードであるトレスボランチ”マルクス・システム”を基準に考えれば、ちょこちょこサイドで根占や久場あたりと競ってるくらいなら、多少無理にでも真ん中にアンカー兼司令塔として据えて両サイドの日本人を手足として使うくらいじゃないと、わざわざ獲った甲斐がないというかチーム作りの流れ的に収まりが悪いなという感じ。
取り立てて何も出来なかった前半を見たラモスが実際に打った手は、喜名と並べたドイスボランチへの変更で、元々デジマールの代わり(順番逆ですが)に開幕にいたかもしれないという事情からすればなるほどそういう(開幕当時の構想のシステムにおける)役割の方がしっくりは来そうで、後半はいくつか効いた場面も見られました。
ただそれだとせっかくトレスボランチで曲がりなりにも安定してきたディフェンスが・・・・とまた心配になりますが、3−1,4−1とリードが広がってからラモスがそそくさと4−3−1−2に戻してきたことからすると、そこらへんの自覚は十分にありそうですね。マルクスに2列目サイドをやらせる不安も含めて、『攻撃用シフト』くらいに現状では考えるべきかと一応は納得しますが、でもそれなら大枚はたいてゼ・ルイス獲った意味はと振り出しに戻る。(笑)
・・・・まあしょうみのところは「ゼ・ルイスを獲った」のはより絶対能力の高い選手が欲しかったという単純な問題で、4−3−1−2だマルクスシフトだといった「チーム作りの流れ」とは無関係なんでしょけどね。タイミング的にも。
上のシステム変更、及びろくに上がれてなかった右・海本/左・藤田の名前だけ攻撃的なサイドバックの編成を右・藤田/左・菅原の慣れ親しんだ現実路線に戻した件、いずれもこの試合については有効な采配でしたね。挙句今後海本と石川の出番が減っちゃったりすると、それはそれでもったいないお化けが大行進しそうですが。
徳島はメンツ的にはもうちょっと強くてもいいと思うんだけどなあ。2トップどっちかくれ。
J2第28節 東京V○4−2●徳島(味の素)
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2006年07月13日 (木) | 編集 |
ようやく半分か。
体感的にはプロ野球のペナントレースに近くて、あれはあれで適度に”山”や”谷”の入り込む余地のある、なかなかはまりの良い長さのように思うんですが、サッカーの1試合1試合の消耗度と重さからするとやはりちょっとトゥー・マッチか。”山”や”谷”を越えたらそこには果てしなく”沼”が広がっていたという感じ。(笑)
なんだかんだ創設当初の「10チーム総当り×2の1ステージ」(が2ステージ)って、結果的に一番いい長さだったなあと今頃思ったりするんですが。日程は多少無理矢理でしたが。
トータルでは本当は長いんでしょうけど、2ステージに分かれていることがあまりそれを感じさせなかった。
仙台の「攻」「守」の技能自体はそれぞれにかなり高いんですが、どうもその「攻」「守」があくまで「攻」+「守」でしかなくて「チーム」としての力になり切ってないようなそんな印象を受けました。
とりあえずは外国人に頼り過ぎてる弊害ということなんでしょうが、その更に奥にはどうもやはり”ブラジル”的な指導法の限界というか、日本人との相性の問題があるような気がします。簡単に言うと「仲間」や「家族」(といった中間集団)を中心に「社会」や「全体」を成り立たせることに文化が機能してないんだと思うんですよね。「個人」と「全体」の両極からしか思考が出来ない。
理由・起源はよく分からないですけど。元々そうなのか、明治の文明開化やら昭和のアメリカ化やらの自己洗脳過程で取りこぼしたのか。ヨーロッパと比べても弱い気がする。思い付きの粗雑な理念型ですみませんが。あくまでサッカー目線の限定された観察に基づいているもので。
典型的じゃない、あるいは自分の”ブラジル”性を客観視出来る監督なら、普通に能力分の成果は出るんでしょうけど。フェリペは国際人ですよね。
ヴェルディはともかくも前2試合の延長線上ではきっちり戦えているようで(いつ終わるかいつ終わるかとドキドキ)、とりあえず何かが生まれる、蓄積される条件はキープされていること。マルクスが加わっても(”マルクス・シフト”が機能しても)その分海本が大人しくなっちゃってるので、攻撃的なプラスはあるようなないようなですが。
CBは今後もとにかく個人能力&コンディションでその都度選ぶのがいいようですね。なんかFWの選択基準みたいな気がしないではないですが、しかたがない。
『八百長コール』をしたからということではなくて、仙台の応援のセンスが以前より落ちているように感じました。フィールドとの寄り添い感が薄くなっている。あれじゃ怖くない。
J2第27節 東京V○2−1●仙台(仙台)
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体感的にはプロ野球のペナントレースに近くて、あれはあれで適度に”山”や”谷”の入り込む余地のある、なかなかはまりの良い長さのように思うんですが、サッカーの1試合1試合の消耗度と重さからするとやはりちょっとトゥー・マッチか。”山”や”谷”を越えたらそこには果てしなく”沼”が広がっていたという感じ。(笑)
なんだかんだ創設当初の「10チーム総当り×2の1ステージ」(が2ステージ)って、結果的に一番いい長さだったなあと今頃思ったりするんですが。日程は多少無理矢理でしたが。
トータルでは本当は長いんでしょうけど、2ステージに分かれていることがあまりそれを感じさせなかった。
仙台の「攻」「守」の技能自体はそれぞれにかなり高いんですが、どうもその「攻」「守」があくまで「攻」+「守」でしかなくて「チーム」としての力になり切ってないようなそんな印象を受けました。
とりあえずは外国人に頼り過ぎてる弊害ということなんでしょうが、その更に奥にはどうもやはり”ブラジル”的な指導法の限界というか、日本人との相性の問題があるような気がします。簡単に言うと「仲間」や「家族」(といった中間集団)を中心に「社会」や「全体」を成り立たせることに文化が機能してないんだと思うんですよね。「個人」と「全体」の両極からしか思考が出来ない。
理由・起源はよく分からないですけど。元々そうなのか、明治の文明開化やら昭和のアメリカ化やらの自己洗脳過程で取りこぼしたのか。ヨーロッパと比べても弱い気がする。思い付きの粗雑な理念型ですみませんが。あくまでサッカー目線の限定された観察に基づいているもので。
典型的じゃない、あるいは自分の”ブラジル”性を客観視出来る監督なら、普通に能力分の成果は出るんでしょうけど。フェリペは国際人ですよね。
ヴェルディはともかくも前2試合の延長線上ではきっちり戦えているようで(いつ終わるかいつ終わるかとドキドキ)、とりあえず何かが生まれる、蓄積される条件はキープされていること。マルクスが加わっても(”マルクス・シフト”が機能しても)その分海本が大人しくなっちゃってるので、攻撃的なプラスはあるようなないようなですが。
CBは今後もとにかく個人能力&コンディションでその都度選ぶのがいいようですね。なんかFWの選択基準みたいな気がしないではないですが、しかたがない。
『八百長コール』をしたからということではなくて、仙台の応援のセンスが以前より落ちているように感じました。フィールドとの寄り添い感が薄くなっている。あれじゃ怖くない。
J2第27節 東京V○2−1●仙台(仙台)
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2006年07月09日 (日) | 編集 |
マルクスがトップ下しか出来ない怪我の功名の3ボランチ、とにもかくにも自陣前のスペースを埋めるという布陣が、なんかあつらえたようにハマって俄かに安定感が出て来てますが。
結局これしかないんでしょうね、平均(以下)的なブラジル人監督にとっての守備/安定感の向上というのは。色々知ってるからといって色々やれるとは限らない。三つ子の魂。むしろ変な欲を出さずにラモスがこの感じを続けてくれることを望みます。
問題はいかにこれを勝ち切れるようにするか、点も取れるようにするかですが、今年これまでの経験から試合を重ねたからといって連携が向上したり精度が上がったり、ラモスから何か気の利いたマイナーチェンジのアイデアが出て来るとはとても思えないので、要するに戦闘力のアップ=戦力のアップなわけですよ、ウチの場合。本当はCBも不安なんだけど、ゼ・ルイスがバケモノでもない限りやはりマルクスと絡むFW陣にもう一枚決定的な人材が欲しいわけで、ちょっと悠長に老衰バジーリオのフル回転を待っているわけにもいかない。
というわけでまた外人とりましょう、外人。ここまで来てもう何言われてもかまこっちゃないですし。掴みかけた明るい兆しにとことんまでしがみつくのです。
むしろ毎月一人新加入が最低ノルマか。それを最後まで続ける。1年に2回総トッカエをやったチームとして球史(?)に名を残しましょう。
しょうがないですよ、”最適化”によるチーム強化の美学(または能力)みたいなものがハナから無いんですから。ヒキもアナももういないし、アパッチ蹴球軍的なチーム愛なんていう当初の方向性はもう忘れるしかないですね。物量作戦あるのみ。止まった時が死ぬ時です。
・・・・そういえば「毎月1回監督交代」なんて強化案を去年提案してましたね(笑)。それの選手版。矢尽き刀折れるまで”カンフル剤”を打ち続けるのだ。
いや、割りとサッカーっぽくて面白かったと思いますけど。ユンさんのシュートすげえ。多分みんな見惚れて後のカバーを忘れたんですねあれは(笑)。そういうことにしておきましょう。
J2第26節 東京V1−1鳥栖(国立)
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結局これしかないんでしょうね、平均(以下)的なブラジル人監督にとっての守備/安定感の向上というのは。色々知ってるからといって色々やれるとは限らない。三つ子の魂。むしろ変な欲を出さずにラモスがこの感じを続けてくれることを望みます。
問題はいかにこれを勝ち切れるようにするか、点も取れるようにするかですが、今年これまでの経験から試合を重ねたからといって連携が向上したり精度が上がったり、ラモスから何か気の利いたマイナーチェンジのアイデアが出て来るとはとても思えないので、要するに戦闘力のアップ=戦力のアップなわけですよ、ウチの場合。本当はCBも不安なんだけど、ゼ・ルイスがバケモノでもない限りやはりマルクスと絡むFW陣にもう一枚決定的な人材が欲しいわけで、ちょっと悠長に老衰バジーリオのフル回転を待っているわけにもいかない。
というわけでまた外人とりましょう、外人。ここまで来てもう何言われてもかまこっちゃないですし。掴みかけた明るい兆しにとことんまでしがみつくのです。
むしろ毎月一人新加入が最低ノルマか。それを最後まで続ける。1年に2回総トッカエをやったチームとして球史(?)に名を残しましょう。
しょうがないですよ、”最適化”によるチーム強化の美学(または能力)みたいなものがハナから無いんですから。ヒキもアナももういないし、アパッチ蹴球軍的なチーム愛なんていう当初の方向性はもう忘れるしかないですね。物量作戦あるのみ。止まった時が死ぬ時です。
・・・・そういえば「毎月1回監督交代」なんて強化案を去年提案してましたね(笑)。それの選手版。矢尽き刀折れるまで”カンフル剤”を打ち続けるのだ。
いや、割りとサッカーっぽくて面白かったと思いますけど。ユンさんのシュートすげえ。多分みんな見惚れて後のカバーを忘れたんですねあれは(笑)。そういうことにしておきましょう。
J2第26節 東京V1−1鳥栖(国立)
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2006年07月02日 (日) | 編集 |
現状これしかないかなあという戦いぶり。身の丈というか。
ただ海本、石川、(ゼ・ルイス)、マルクスという絶対クオリティの高い選手の立て続けの補強は、むしろその”身の丈”自体をより大きく高くという方向に感じるので、そこらへんがどうかというか、どこまで意図的なものなのかというか。
マルクス&ゼ・ルイス加入でダイヤモンド気味の奇数ボランチによる中盤が主体となることが予想されますが、これはやりようによって攻撃的/守備的が極端に分かれるスタイルなのでそこらへんもどうか。監督の意図とは別に勝手に働いちゃったりしないか。
どうか。どうか。
とりあえずは一柳がポカをせずにホッ。(笑)
J2第25節 東京V△0−0△横浜FC(日産)
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ただ海本、石川、(ゼ・ルイス)、マルクスという絶対クオリティの高い選手の立て続けの補強は、むしろその”身の丈”自体をより大きく高くという方向に感じるので、そこらへんがどうかというか、どこまで意図的なものなのかというか。
マルクス&ゼ・ルイス加入でダイヤモンド気味の奇数ボランチによる中盤が主体となることが予想されますが、これはやりようによって攻撃的/守備的が極端に分かれるスタイルなのでそこらへんもどうか。監督の意図とは別に勝手に働いちゃったりしないか。
どうか。どうか。
とりあえずは一柳がポカをせずにホッ。(笑)
J2第25節 東京V△0−0△横浜FC(日産)
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2006年06月24日 (土) | 編集 |
僕のお気にチームの寿命が短い(コメント欄)のは別に偶然でも運命でもなくて、単に「思いつき/ワンアイデア」や「カンフル剤」というレベルの影響力しかチームに及ぼせない監督しか近年来ていないということで。具体的にはオジーとラモスということですが。
ノブリンは勿論違いますね、ロリも多分エジムンドという重しがなければ少なくとも前2者よりは遥かに系統立った指導の出来る人だったと思います。バドンは・・・・そもそも「お気に」入った瞬間自体がなかった。
まあオジーはその「ワンアイデア」の柔軟性・引き出しが節操が無いくらいに多彩だった分、トータルでの成功ポイントの量はバカにならなかったわけですが、ラモスにはそれもない。
ジーコ・ジャパンやラモス・ヴェルディについて僕が書く場合、何とか目前の試合・現象の一つ一つから見るべきもの、いいところを見つけ出そうと頭を捻る(そしてかえって厭味ったらしくなってドツボにはまる)ケースと、実際のところはそもそもまともな検討に値するようなレベルのものじゃないんだというそれを言ってはおしまいの本音の部分が代わる代わる出て来るので、読んでる人は混乱するかもしれない・・・・と一応は思ってみたりしますが、多分要らぬ心配ですね(笑)。それくらい読んでいる人は分かっている。分かっていて僕の足掻きを見に来る。
どこもそうでしょうが毎度ヴェルディが連敗や惨敗をするたびにどっと来客は増えるわけですが、そういう人は別に答えや解決策を求めに来るわけではなくて、自分のモヤモヤを共有しに来るか、あるいはヴェルディもしくはラモス個人への敵意からざまあみろと見物に来るか、いずれにせよこちらがやるべきは素直にボヤくか毒づくことで。
いいですとも。せいぜいこれからも立派に務めを果たして行きましょう。これはこれで重要な言葉/文章の機能というものです。
「前線の能力が絶対的に足りない」という最近の僕の持論からすれば、マルクス加入は素直に正着だと思いますが、それにゼ・ルイスを併せたところでラモスで今年昇格が果たせると楽観的になれるほど僕はサッカーを舐めてはいないわけで。本気で目指すなら監督交代・・・・は政治的にあり得ないようですから、”ネルシーニョ・ヘッド”招聘というのが人脈的にも案外現実的かと思いますが。
ともあれ中期的スパンで最も心配しなくてはいけないことは、ラモスがその名前の力で引き出してしまった3年分くらいにも見える予算の後始末をどうするか。いかに今季末、予算縮小の中うまく立ち回って&幸運に恵まれて、来季改めてJ1昇格を目指す戦いをまともに繰り広げられる戦力を残すか。
解散なら解散でいっそすっきりするからそれでいいんですけど。ラモス続投なら僕自身が逃げるだろうから関係ないし。まあ少なくとも今季一杯は足掻き続けるので、せいぜい楽しんで(?)下さいな。
J2第24節 東京V●0−4○札幌(厚別)
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ノブリンは勿論違いますね、ロリも多分エジムンドという重しがなければ少なくとも前2者よりは遥かに系統立った指導の出来る人だったと思います。バドンは・・・・そもそも「お気に」入った瞬間自体がなかった。
まあオジーはその「ワンアイデア」の柔軟性・引き出しが節操が無いくらいに多彩だった分、トータルでの成功ポイントの量はバカにならなかったわけですが、ラモスにはそれもない。
ジーコ・ジャパンやラモス・ヴェルディについて僕が書く場合、何とか目前の試合・現象の一つ一つから見るべきもの、いいところを見つけ出そうと頭を捻る(そしてかえって厭味ったらしくなってドツボにはまる)ケースと、実際のところはそもそもまともな検討に値するようなレベルのものじゃないんだというそれを言ってはおしまいの本音の部分が代わる代わる出て来るので、読んでる人は混乱するかもしれない・・・・と一応は思ってみたりしますが、多分要らぬ心配ですね(笑)。それくらい読んでいる人は分かっている。分かっていて僕の足掻きを見に来る。
どこもそうでしょうが毎度ヴェルディが連敗や惨敗をするたびにどっと来客は増えるわけですが、そういう人は別に答えや解決策を求めに来るわけではなくて、自分のモヤモヤを共有しに来るか、あるいはヴェルディもしくはラモス個人への敵意からざまあみろと見物に来るか、いずれにせよこちらがやるべきは素直にボヤくか毒づくことで。
いいですとも。せいぜいこれからも立派に務めを果たして行きましょう。これはこれで重要な言葉/文章の機能というものです。
「前線の能力が絶対的に足りない」という最近の僕の持論からすれば、マルクス加入は素直に正着だと思いますが、それにゼ・ルイスを併せたところでラモスで今年昇格が果たせると楽観的になれるほど僕はサッカーを舐めてはいないわけで。本気で目指すなら監督交代・・・・は政治的にあり得ないようですから、”ネルシーニョ・ヘッド”招聘というのが人脈的にも案外現実的かと思いますが。
ともあれ中期的スパンで最も心配しなくてはいけないことは、ラモスがその名前の力で引き出してしまった3年分くらいにも見える予算の後始末をどうするか。いかに今季末、予算縮小の中うまく立ち回って&幸運に恵まれて、来季改めてJ1昇格を目指す戦いをまともに繰り広げられる戦力を残すか。
解散なら解散でいっそすっきりするからそれでいいんですけど。ラモス続投なら僕自身が逃げるだろうから関係ないし。まあ少なくとも今季一杯は足掻き続けるので、せいぜい楽しんで(?)下さいな。
J2第24節 東京V●0−4○札幌(厚別)
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2006年06月22日 (木) | 編集 |
J2第23節 東京V●0−2○神戸(味の素)
前半は別に悪くなかったと僕は思います。確かにダイナミックだったりスリリングだったりはしませんでしたが、それはむしろお互いに隙がなかったからで、言ってみれば”まったり拮抗”みたいなそんな内容。
ヴェルディで特に目に付いたのは選手の距離感が良くなっていることで、その分プレッシングの連動性も良くなってだいたい画面のここらへんにこんなタイミングで選手が入って来るはずだという僕のテレビ観戦上の体感的常識から大きく外れるところのない展開で、なるほど練習はしているようだなとそう思って見ていました。
悔やむべきは前半終了間際の失点ですが、あの時間帯はそれまで緊張感を持って先手先手でプレスに行っていたのが、疲れたのか気を抜いたのか、何となく試合を畳みに入って(前半のみですが)引き気味にになっていたところを鋭く神戸に突かれ、それでも大して確率の高いシュートチャンスではなかったと思うんですが、先に追い付いた萩村の人一倍伸びる足先が思わぬ不幸を呼んでしまったという。
パサーへのマークが緩かったことなど責められるべきミスはありましたが、”限りなく天災に近い人災”という感じでこれでそれまでの内容を全否定するのはかわいそうだよな、でも現実として先制されたのはかなり重いよなともやもやした感じで前半終了。
むしろ絶望的な気分になったのは後半10分の柳川の退場で神戸が一人少なくなった時で、あ、やばい、これで相手が本気になってしまう、意地悪してヴェルディに点取らせまいとして来る、審判お願いその赤紙キープで、いいじゃんやられた方が言ってるんだからさあという世にも情けない気分に。
2失点目は時間の問題なので特に何の感慨もなし。1トップが平瀬であることにかすかに希望を見出してはいましたが、誰だよ田中英雄って、ウメえなこのやろ政治家みたいな名前して。
展開次第では勝ちに値した内容が勝てない展開になってそれで負けたというそういう試合でしたが、元凶は勿論”勝てない展開”を絶対的に作ってしまう攻撃のクオリティで。
ACL後のここ10試合で見てみても、失点は計12点と別に滅茶苦茶多いわけではないですし、むしろ9得点/完封試合6という攻撃の方に問題があるのは明らか。
直接的には「引いた相手を崩せない」ということですが、その対策としてどうこうというより基本的に今の攻撃陣のメンツの能力が足りないというのが前節でも書いた通り僕の認識。少なくともラモス式ゆとり教育という方針下では。ここらへん高原&柳沢らとジーコジャパンとの関係に似てますが。
解決するには個別のオプション以前にもっと根本的に攻撃を組織化するか、ジーコジャパンにおける久保のような絶対的な個人を新たに用意するか。
ある時点まではバジ&アナでそれなりに十分にも見えたわけですが、それが今はかなり微妙な感じになっていて・・・・これについてはまた後程。
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前半は別に悪くなかったと僕は思います。確かにダイナミックだったりスリリングだったりはしませんでしたが、それはむしろお互いに隙がなかったからで、言ってみれば”まったり拮抗”みたいなそんな内容。
ヴェルディで特に目に付いたのは選手の距離感が良くなっていることで、その分プレッシングの連動性も良くなってだいたい画面のここらへんにこんなタイミングで選手が入って来るはずだという僕のテレビ観戦上の体感的常識から大きく外れるところのない展開で、なるほど練習はしているようだなとそう思って見ていました。
悔やむべきは前半終了間際の失点ですが、あの時間帯はそれまで緊張感を持って先手先手でプレスに行っていたのが、疲れたのか気を抜いたのか、何となく試合を畳みに入って(前半のみですが)引き気味にになっていたところを鋭く神戸に突かれ、それでも大して確率の高いシュートチャンスではなかったと思うんですが、先に追い付いた萩村の人一倍伸びる足先が思わぬ不幸を呼んでしまったという。
パサーへのマークが緩かったことなど責められるべきミスはありましたが、”限りなく天災に近い人災”という感じでこれでそれまでの内容を全否定するのはかわいそうだよな、でも現実として先制されたのはかなり重いよなともやもやした感じで前半終了。
むしろ絶望的な気分になったのは後半10分の柳川の退場で神戸が一人少なくなった時で、あ、やばい、これで相手が本気になってしまう、意地悪してヴェルディに点取らせまいとして来る、審判お願いその赤紙キープで、いいじゃんやられた方が言ってるんだからさあという世にも情けない気分に。
2失点目は時間の問題なので特に何の感慨もなし。1トップが平瀬であることにかすかに希望を見出してはいましたが、誰だよ田中英雄って、ウメえなこのやろ政治家みたいな名前して。
展開次第では勝ちに値した内容が勝てない展開になってそれで負けたというそういう試合でしたが、元凶は勿論”勝てない展開”を絶対的に作ってしまう攻撃のクオリティで。
ACL後のここ10試合で見てみても、失点は計12点と別に滅茶苦茶多いわけではないですし、むしろ9得点/完封試合6という攻撃の方に問題があるのは明らか。
直接的には「引いた相手を崩せない」ということですが、その対策としてどうこうというより基本的に今の攻撃陣のメンツの能力が足りないというのが前節でも書いた通り僕の認識。少なくともラモス式ゆとり教育という方針下では。ここらへん高原&柳沢らとジーコジャパンとの関係に似てますが。
解決するには個別のオプション以前にもっと根本的に攻撃を組織化するか、ジーコジャパンにおける久保のような絶対的な個人を新たに用意するか。
ある時点まではバジ&アナでそれなりに十分にも見えたわけですが、それが今はかなり微妙な感じになっていて・・・・これについてはまた後程。
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2006年06月10日 (土) | 編集 |
別に優勝が目標じゃないんだから、柏との勝ち点差が2ケタになったことなんて。
・・・・と、思っておく。
セットプレーの守備という業病はともかくとして、ある意味での”敗因”は押しまくっていた前半に1点も取れなかったことかなと。万事雑&単調。淡白。
これははっきり言って前の方のメンツ(特に久場と斉藤)の能力の限界とそこから来る自信の問題で、ラモスは「負けても固定する」とか言ってるそうですがやはりアナ&バジみたいな微妙に懐かしい(?)要素もからめないとちょっと厳しいかなと。それこそ柏の得点の挙げ方と見比べても。特にFWはバジ以外は「一生懸命が取り柄」みたいな選手ばっかりで。
ゼ・ルイスねえ。闘魂ボランチ?
今の前向きなチームのムードが途切れない内に、早く次の勝利が欲しいですね。
とりあえずこんなとこ。ふう。
J2第21節 東京V●1−4○柏(日立台)
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・・・・と、思っておく。
セットプレーの守備という業病はともかくとして、ある意味での”敗因”は押しまくっていた前半に1点も取れなかったことかなと。万事雑&単調。淡白。
これははっきり言って前の方のメンツ(特に久場と斉藤)の能力の限界とそこから来る自信の問題で、ラモスは「負けても固定する」とか言ってるそうですがやはりアナ&バジみたいな微妙に懐かしい(?)要素もからめないとちょっと厳しいかなと。それこそ柏の得点の挙げ方と見比べても。特にFWはバジ以外は「一生懸命が取り柄」みたいな選手ばっかりで。
ゼ・ルイスねえ。闘魂ボランチ?
今の前向きなチームのムードが途切れない内に、早く次の勝利が欲しいですね。
とりあえずこんなとこ。ふう。
J2第21節 東京V●1−4○柏(日立台)
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2006年06月08日 (木) | 編集 |
引き続き海本が(与えた影響が)スペシャルだという話。つまり「これなのかあんたの言う”気持ち”というのは」の部分ですが。
思うにこれは単に頑張れとか気持ちを前面に出せということではないのだと思います。言いかえるとチームを機能させる為の手段(の一つ)としての”気持ち”ではない、”組織”か”技術”か”気持ち”かという並列的な要素としての”気持ち”ではない。
では何かというとチームの前提条件、基本設定上の変数としての”気持ち”、より正確には”熱い気持ち”。・・・・分かりませんね。(笑)
つまり、どんな監督であれ戦術であれ、想定している基本的なチームのテンションやムードというものがあるわけです。意識的無意識的に。多くの場合は「運動量」がその中身ですが、必ずしもイコールというわけではない。
ある戦術/スタイルが機能している状態をイメージする時、自ずとそれに相応しい基本テンションというものがあってそれがチームカラーや現有戦力と大きくずれていたりすると安定して機能させるのが難しいし、あるいは監督の柄と一致しなさ過ぎると指導に説得力がなくなる。
で、どんなチームでも妙にテンションが高まることはありますがそれを前提とするのは確実性に問題があるので、たいていは程々のレベルを基準にチームを組んで、言ってみればチームのボトムを確保しようとする。特別な日ではなくても粛々と責務を実行するだけで、ある程度のクオリティが保証されるように心を配る。
ところがどうもラモスはその基準とするテンションがかなり高いのではないかと思うんですね。高くて初めて機能するようなチームの組み方をしている。あるいは高ければ半自動的に解決可能なレベルの穴や関係性までいちいちケアしない。
僕も含めてたいていの人は上記の程々のテンションでも機能するようにまず作って、そこにプラスアルファとして気持ちを加えてパワーアップする、人形に魂が入るというような感じでサッカーのチーム作りをイメージしていると思うんですが、ラモスは最初からスペシャル状態しか見ていなくてそれが叶わなければ駄目なのは当たり前だくらいの感覚でいる。それは本当にラモスからすれば当たり前であって、僕が言うように(↑)”変数”だとは思っていない。それが伝わり難かった。
思うにこれは単に頑張れとか気持ちを前面に出せということではないのだと思います。言いかえるとチームを機能させる為の手段(の一つ)としての”気持ち”ではない、”組織”か”技術”か”気持ち”かという並列的な要素としての”気持ち”ではない。
では何かというとチームの前提条件、基本設定上の変数としての”気持ち”、より正確には”熱い気持ち”。・・・・分かりませんね。(笑)
つまり、どんな監督であれ戦術であれ、想定している基本的なチームのテンションやムードというものがあるわけです。意識的無意識的に。多くの場合は「運動量」がその中身ですが、必ずしもイコールというわけではない。
ある戦術/スタイルが機能している状態をイメージする時、自ずとそれに相応しい基本テンションというものがあってそれがチームカラーや現有戦力と大きくずれていたりすると安定して機能させるのが難しいし、あるいは監督の柄と一致しなさ過ぎると指導に説得力がなくなる。
で、どんなチームでも妙にテンションが高まることはありますがそれを前提とするのは確実性に問題があるので、たいていは程々のレベルを基準にチームを組んで、言ってみればチームのボトムを確保しようとする。特別な日ではなくても粛々と責務を実行するだけで、ある程度のクオリティが保証されるように心を配る。
ところがどうもラモスはその基準とするテンションがかなり高いのではないかと思うんですね。高くて初めて機能するようなチームの組み方をしている。あるいは高ければ半自動的に解決可能なレベルの穴や関係性までいちいちケアしない。
僕も含めてたいていの人は上記の程々のテンションでも機能するようにまず作って、そこにプラスアルファとして気持ちを加えてパワーアップする、人形に魂が入るというような感じでサッカーのチーム作りをイメージしていると思うんですが、ラモスは最初からスペシャル状態しか見ていなくてそれが叶わなければ駄目なのは当たり前だくらいの感覚でいる。それは本当にラモスからすれば当たり前であって、僕が言うように(↑)”変数”だとは思っていない。それが伝わり難かった。
2006年06月08日 (木) | 編集 |
「ベストゲーム」と言い切るには後半色々あり過ぎましたが、ともかくも激しく印象的な、少なくとも壊れるまでは感動的な試合だったのは確か。正直今季初めてヴェルディの試合に興味(単なる愛着に基づいた関心ではなく)を感じることが出来ました。
楽しかったですよ。ついに姿が見え始めたラモスサッカー。
一言で言えば真性の攻撃サッカーで、見てない人に説明するとすれば「ネルシーニョの攻撃モードをより感情的にした感じ」というところでしょうか。ヴェルディのは見てなくても名古屋のはほとんどの人が記憶に残しているでしょう。非常に決然とした人数のかけ方をするポゼッションサッカー。
「感情的」というのはそのとおりの意味と(笑)、ポジションチェンジがあそこまでシステマティックではなくて個人の気合に委ねられている部分が大きいという。まあ単に未完成なのかもしれませんが。
相手が仙台というのがまた良かったですね。つまり受けてからめ取って術中にはめて仕留める巧妙さではJ2随一で、前回の対戦では正に子供扱いされて0−3で敗れた相手への真正面からのリベンジ。「想定済み」のはずのヴェルディの攻勢を余裕を持って受けるはずが、こちらの勢いが「想定」以上であった為に受け切れずにそのまま押し破られてしまったというそういう感じ。
・・・・まああんまり調子良さそうではなかったですが。怖いカウンターもいくつもありましたし。でも向こうに落ち着かせずにペースを握れたのは、こちらが前回と似て非なるチームだったからだと思います。
その原動力になったのは勿論新戦力の海本・石川の両サイドバック。
連勝中の、しかもむしろ出来が良かった藤田・菅原のSBコンビをまとめて新加入選手にとっかえてしまうというのは、常識的にも心情的にも、律儀過ぎるくらい平等主義的なこれまでのラモス采配からしてもかなり大胆で意外な起用でしたが、実際に見てみるとそういう次元のものではないのが分かりました。この二人はラモスにとってスペシャルな存在で、使えるのなら何を置いても使わなくてはいけなかったのですね。普通の比較の次元の話ではなかったわけです。
石川の球出し及びサイドの高い位置で起点になるプレーのレベルははっきり言って菅原以下これまでに起用されたウチのサイドバックでは、悪いけれど比較対象にすらならないものでしたし(とんと見慣れないサイドチェンジのパスの質に眩暈がしました(笑))、そして何よりも海本!これか、これなのかあんたの言う”気持ち”というのは。大野2号登場。
つまり加入時にも触れた海本の身体能力や攻め上がりは早速いくつもいい場面を作っていましたが、そういう個々のプレーの成否の問題を越えて、海本のテンションはチームを変えたと思います。ラモスの意思を体現していたと思います。それは今まではほとんど大野が一人で担っていたもので・・・・。だから大野2号。
そして大野一人なら”孤軍奮闘”となるものも、そこにもう一人二人加われば今度はそれがチームの”スタンダード”になり得るので。スタンダードを体現するのは難しいことですが、それが見えさえすれば追随するのはそんなに難しくはないので、一気に辻褄が合う可能性がある。
遡って言えばここのところ一時あれほど切り札的な攻撃の起点だったアナイウソンが外れて、久場が重用されていましたが、あれはアナイウソンの調子がどうこうという以上に久場のプレースタイルをラモスが気に入っているのだと思います。明らかに好みという色が濃く選択がなされているから、大人しいアナイウソンがやけに露骨に不快な空気を見せているわけで。しばしば”粗さ”に見える久場のプレーの基本的に剛直な感触をラモスは好んでいる。
ただ絶対クオリティが足りないこともあって久場では単なる1ピースにしかなり得なかったものが、海本ならスタンダードを出現させる柱になり得て、その前提の下で今後ますます久場も輝くかもしれない。同様に散在していたラモスの”種”が一気に芽吹くかもしれない。
(つづく)
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楽しかったですよ。ついに姿が見え始めたラモスサッカー。
一言で言えば真性の攻撃サッカーで、見てない人に説明するとすれば「ネルシーニョの攻撃モードをより感情的にした感じ」というところでしょうか。ヴェルディのは見てなくても名古屋のはほとんどの人が記憶に残しているでしょう。非常に決然とした人数のかけ方をするポゼッションサッカー。
「感情的」というのはそのとおりの意味と(笑)、ポジションチェンジがあそこまでシステマティックではなくて個人の気合に委ねられている部分が大きいという。まあ単に未完成なのかもしれませんが。
相手が仙台というのがまた良かったですね。つまり受けてからめ取って術中にはめて仕留める巧妙さではJ2随一で、前回の対戦では正に子供扱いされて0−3で敗れた相手への真正面からのリベンジ。「想定済み」のはずのヴェルディの攻勢を余裕を持って受けるはずが、こちらの勢いが「想定」以上であった為に受け切れずにそのまま押し破られてしまったというそういう感じ。
・・・・まああんまり調子良さそうではなかったですが。怖いカウンターもいくつもありましたし。でも向こうに落ち着かせずにペースを握れたのは、こちらが前回と似て非なるチームだったからだと思います。
その原動力になったのは勿論新戦力の海本・石川の両サイドバック。
連勝中の、しかもむしろ出来が良かった藤田・菅原のSBコンビをまとめて新加入選手にとっかえてしまうというのは、常識的にも心情的にも、律儀過ぎるくらい平等主義的なこれまでのラモス采配からしてもかなり大胆で意外な起用でしたが、実際に見てみるとそういう次元のものではないのが分かりました。この二人はラモスにとってスペシャルな存在で、使えるのなら何を置いても使わなくてはいけなかったのですね。普通の比較の次元の話ではなかったわけです。
石川の球出し及びサイドの高い位置で起点になるプレーのレベルははっきり言って菅原以下これまでに起用されたウチのサイドバックでは、悪いけれど比較対象にすらならないものでしたし(とんと見慣れないサイドチェンジのパスの質に眩暈がしました(笑))、そして何よりも海本!これか、これなのかあんたの言う”気持ち”というのは。大野2号登場。
つまり加入時にも触れた海本の身体能力や攻め上がりは早速いくつもいい場面を作っていましたが、そういう個々のプレーの成否の問題を越えて、海本のテンションはチームを変えたと思います。ラモスの意思を体現していたと思います。それは今まではほとんど大野が一人で担っていたもので・・・・。だから大野2号。
そして大野一人なら”孤軍奮闘”となるものも、そこにもう一人二人加われば今度はそれがチームの”スタンダード”になり得るので。スタンダードを体現するのは難しいことですが、それが見えさえすれば追随するのはそんなに難しくはないので、一気に辻褄が合う可能性がある。
遡って言えばここのところ一時あれほど切り札的な攻撃の起点だったアナイウソンが外れて、久場が重用されていましたが、あれはアナイウソンの調子がどうこうという以上に久場のプレースタイルをラモスが気に入っているのだと思います。明らかに好みという色が濃く選択がなされているから、大人しいアナイウソンがやけに露骨に不快な空気を見せているわけで。しばしば”粗さ”に見える久場のプレーの基本的に剛直な感触をラモスは好んでいる。
ただ絶対クオリティが足りないこともあって久場では単なる1ピースにしかなり得なかったものが、海本ならスタンダードを出現させる柱になり得て、その前提の下で今後ますます久場も輝くかもしれない。同様に散在していたラモスの”種”が一気に芽吹くかもしれない。
(つづく)
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