キリンチャレンジ杯2008 日本代表 ●1−3○ ウルグアイ代表(札幌ドーム)
しかしどうも軽いね我が方は。踊ってばかりの国〜だね。(プチ私信)
意外なことその1。
ウルグアイが元気でやる気があったこと。
その2。
同様に勤勉で流動的な(スタイルの)サッカーをして来たこと。
その3。
それに対して日本代表が思ったよりしぶとかったこと。
その4。
ただしそもそものスタメンはかなり意味不明。
ウルグアイについては見た通りで、僕が無知/ノーチェックなのは差し引くとして、過去のチームと比べても、見慣れない赤ユニの中身はラプラタ川の向かい側の方(アルゼンチンね。一応(笑))なんじゃないかというくらい、ヨーロッパ的と言っても良さそうなスタイルで驚きました。
走る走る出て来る出て来る、入れ替わる入れ替わる。
それに日本は走り負け動き負けしていて、ちょっとこれじゃあねという。まあ"量"より"質"の問題が大きかったと思いますけど。
ただ結果的に"3失点惨敗"という形に、世評としてもなっているようですが、そんなにやられた感じは僕はしていないんですよね。
むしろファーストプレスが思うようにかからない中、前がかり特攻になるまでは、何だかんだと割りと良く持ち堪えていたなという。新メンバーのコンビ不足なんて、分かりやすい穴も抱えつつ。
甘いと思われるかもしれませんが、こう思うには理由があって、つまりこの間(え〜と6月か)までのアジア予選で、相対的にレベルの落ちる相手に基本ポゼッションを取り、プレスもとりあえずかかる中で、でもその前提の/最初の優位が崩れた後の状態には、たまの現実としても来たる最終予選での予感的イメージとしても、相当にヤバい感じがしていたんですよ。
おじいちゃん監督(サッカー的にね)の率いるおじいちゃんチームで、自分の形以外では足捌きヨロヨロという。
実相としては細部の理の不足と、裏腹の意気軒高なテクニック&ハイプレス指向で、莫大なエネルギーが分かり易い見えるところにしか配分されていなくて、酷くバランスが悪いということですけど。
それで攻め切る力/精度があるならば、いい意味での"気狂い"系としてポジティヴに認定しないこともないんですけど、これまでのところ「気持ちは分かる」というレベルで、リスクに見合ったリターンがあるようには全然なっていない。
で、狂うことさえ許してもらえなかった(笑)、弱いところばかりが主に出たこの試合で、しかし意外と二枚腰を使った、かわされても崩されても、それなりについていくことが出来た。個々の凡ミスは別にして。アジア予選より強い相手に。(先制した時は、なんだ勝つのかと思ったくらいで。)
・・・・そういう風に僕には見えた、そういう"収穫"があったと言えなくはない、そういう試合だったかなと。
まあこういう「駄目だけど持ち堪える」という戦い・チームについては、僕はレッズで見慣れてるので(笑)、割りと細かい尺度を持てる方だろうと思いますが。慌てない慌てない。駄目だと思ってしまった時が、本当に駄目な時。
諦めなきゃ何とかなる。攻めてる方もしんどいんだ。
ただここらへんは岡田監督の指導がどうというよりも、色々な理由で選手の自己判断の余地が大きいチームの、要するに特徴なんだと、今はよく分かります。ジーコのチームの「精神力」も、別にジーコの"カリスマ"がもたらしたわけではなくて、指導の不在を選手が自助努力で埋めて行く過程で自ずと出て来るものだったんだと。
逆にそうしたものがもっと高いレベルで、一定程度以上の"理"と協働する形で働けば、なるほど強いチームが出来るだろうなと、それはそれで分かります。日本人にそこが足りない、甘えるな!というジーコ/ラモス的主張の意義も。好意にとれば。
とにかく完成度が変わり映えしないまま、練度だけは高まっていく、岡田ジャパンのある意味での「継続性」を確認した試合でした。(笑)
いやまあ、これだけメンバー変えてそういう「継続性」が見えるなら、ゼロではない、最低ではないと実際に思いますけどね。客観的な立場では(笑)。いち観戦者としては、どうしてもいらいらはしますけど。
南アW杯3次予選 日本代表 ○1−0● バーレーン代表(埼玉)
退屈に耐えかねて、録画して後で見るつもりだったのを、前のメガネをガムテで補強しながら、無理矢理。・・・・え?この試合も退屈だろって?いいえ、そんな。(笑)
・どうせ佐藤寿を使うなら、玉田も下げてサンフの時のように完全1トップとして使う方が、”テスト”としては有意義だったと思いますが、そんな余裕は無いか。
・ていうか同じく小技サッカーやるなら、「J2のサンフ」並みの安定感、はっきりした戦い方を「アジアの日本代表」として見せて欲しいようなそんな気はしますが。
・真面目に微妙に似てるというか、ヒントにはなりますよね。
・まあサンフがゆくゆく「J1」でどう戦う気なのか、僕は知りませんが。(笑)
・でもまあ、相変わらず”勘”だけでやってるところはありますが、それはそれとしてそんなに悪い仕上がりではない、戦いではなかったと思います。
・非効率なままこなれて来ているというか、自信持ってやっているというか。
・案外楽しいと思いますよ、選手は。
・こういう”チーム”力というのは、戦術の優劣とかいうのとはまた別の話なんですよね。
・監督の能力として別というか。
・勿論随所にorいずれ、理論的に詰まってないところは詰まってないところとして、出ては来るとしても。
・使い方はともかくとして、巻や矢野に出番を与えるのではなく、新たに佐藤寿を(迷惑承知で(笑))組み入れるというのは、人材的整合感・一体感として、分からないではないかなと。
・その内田中達也も呼ばれるのだろうなと。まあ小さきゃいいってわけじゃないですけど。(笑)
・反面長谷部のところに憲剛を入れるのは、いかにも中途半端というかとりあえずというか、扱いに困っている感はあります。
・絶対能力アンド頭数で置いているだけで、このまま行けばいずれ消えそうかなあと。
・小笠原も呼ぶらしいですし。
・....なんかね、上手いけど”デジタル”な上手さなんですよね、憲剛のは。
・遠藤や俊輔や、小笠原のはアナログ。
・そしてこのチームで遠藤−俊輔の対角線の選手に求められるのは・・・・
・チーム全体も基本アナログで、そこにこれからどれくらいデジタルを補完的に入れていくかというそういうところ。
・機能的に言えば、「今日のメンバーだとどうしても中盤がゴール前に入っていけない(中略)のは覚悟はしていた」とのコメントのように、長谷部−松井の対角線のポジションに求められているのが飛び出し/ドリブル力であるのは明らかで。
・というかこのコメントで、今イチ評判の悪い、長谷部が使われ続けた理由が改めて明らかになったというか。
・本田圭はてっきり俊輔のところで使われるのかなあと思ってたんですが、そこまでの味は無いし、逆に動ける体の強さはあるので、分かると言えば分かる。
・でも気が付くと本山とか呼ばれてそうだな(笑)。山瀬は相変わらず空回り気味だし。
・割りとサイドバックがお任せ気味にされているこのチームにおいて、「ドリブル」で勝負する安田のプレースタイルは、少しせせこましいか。
・一般論としても今時のサイドバックが持つべきは、どちらかというと「ラン」のイメージだと思いますね。その過程で邪魔が入った時の「ドリブル」。
・長友が貴重なのはそこで。駒野も基本的には。(逆に”ドリブル”はあまり出来ないし)
・そこらへん、内田の方がそういう大きなプレーイメージは持っていると思いますね。
・ただ小さなプレーをする時にいきなり小さくなっちゃって、上手く統合されていないところはありますけど。
しかし(5万入ったらしい)観客数はちょっと不思議。
タイ戦の”快勝”をうけてということなのか?そんな素直な。
今どういう層が日本代表の試合に行くんだろうと、改めて。
南アW杯3次予選 日本代表 ○3−0● タイ代表(バンコク)
他は、まあ。まあ、まあ。
これから出かけなくちゃならないので、箇条書きでちゃっちゃと。
・「巻−玉田」セットなんて話もあって、せめて矢野にしろよと思っていましたが。
・蓋を開けて見たら玉田1トップはそのままで、大久保の代わりに香川。
・うーむ、とっても納得。
・だよね。そういうやり方だよね。
・玉田で0トップ的であること、はっきりした選手(巻)を置いてはっきりしたやり方に、しないこと。
・それが肝。
・”0トップ”と”黄金の中盤”は、併せて一つというか。
・『接近・展開・連続』同様、多分に感性的なもの、またはやりながら考えたことなんでしょうけど。
・しかし「感性的」であること自体が、結果的なポリシーでもある。
・その意味でこの決断は正しいし、「感性」が働いている様子が頼もしいというか、少なくとも一定の”機能”を、監督としてしている証拠とも取れる。
・だからあれほど重用していた山瀬も、ばっさり切れるということで。
・山瀬を使うと、直線的になる、幾何学的になる、感性的でなくなる。
・憲剛もそうなんでしょう、巻は勿論です。
・サッカーはジャズです?!(笑)
・ただし、香川の出来自体は、さっばりでした。(笑)
・もうちょっとやれると思っていましたが。少なくとも召集された時点では。
・この試合に関しては、駄目だろうなと思ってました。
・セレッソでも五輪チームでも、一瞬で、問答無用の勘所の押さえ方をしていた選手なので、逆にこれまでのこのチームでの流れに乗れなさを見ればそれは予測出来る。
・何が違うんだろうねえ。ううむ。
・適性的には、このポジションでやらせるなら、同世代では金崎の方が将来性がありそう。
・と、興味を持って選手名鑑を見てみたら、へー、180もあるのか、あいつ。やるなあ。(何が?)
・巻に比べたら矢野の細かいリズムはこのチームに合うと思いますが、元々特に上手でもない”ポスト”マンとしては、少なくとも先発で使っても余り意味は。
・むしろ香川の位置で使うのも面白いと、僕の感性は言っています。(笑)
・いずれにしても、日に日に玉田の重要さ、かけがえの無さが増していますが。
・代わりいないと困るなあ。前田遼一がどうこうというより、玉田が「発見」されたように、新たな目で、感性を働かせて(笑)、このポジションを自分なりに出来る選手を探す必要が。
・上手くてすばしっこくて、微妙に強くて真面目な選手。
・あと直線的でない選手。
・また選手名鑑でも見よう。(笑)
・中澤&トゥーリオの”2トップ”でねじ伏せる勝ち方は、身も蓋も無いけれど実力差的には当然で、するべき勝ち方とも言えます。恥じる/ネガる必要は無い。
・ただ逆に、そんな相手に俊輔を無理させなくちゃいけなかったのは。
・そこまで明日をも知れない感じでやっているのか、それともノッてはいるけれど無我夢中で、今のチームの分析や対象化が不十分で、”原形保存”にしがみつかなきゃいけない状態なのか。
・この先俊輔がいないことは、いくらでもあり得るわけだし。
・結局感性は働いているが、理性が追い付いていないところはあるんだと思います。
・感性が働いていること自体は大事なことで、他ならぬ”その人”を監督に雇う理由としても堂々たるものですが。
・でもその感性をサポートする理性が無いと。「監督」として、選手のサポートも出来ない。
・岡田監督はよく選手を「まとめ」て、「やらせ」てはいますが、「助け」てはあまりいないと思います。
・その負担が、効率の低さが、より強い相手との戦いでどう出るか、またはこのチーム自体のピークの高さにどう影響するか。
・まず感性がある。それはいい。しかし次にその感性を対象化して、そこに感性の邪魔をしない、ギリギリの割合で理性を注入する。
・多分それによって、感性もまた輝く。
・評語としてややジーコに対するものと似て来ているのは確かなんですが(笑)、まともに比べているわけではありません。
・ジーコは論外、岡田は論内。
・....ところで大木は何をやっている?
・多分フランスの時のように、小野さんあたりがコーチ/スカウターとしてでも、ついた方がいいんだろうなと思いますが。
・恐らく当初は大木に求められていた”インスピレーション”を、今は岡田が自分で出している。
・実は接近・展開・連続、というよりも大西ジャパン的ラグビー的イメージ自体は、”0トップ黄金の中盤”がひとかたまりでワイワイゴチャゴチャやっている、今のスタイルの中に意外と生きていると、最近感じつつありますが。
・その”ワイワイゴチャゴチャ”を整理する上で、遠藤/俊輔の段違いゲームメイカーを岡田が感覚的に必要としているのは分かるんですけどね。
・でももう少し、詰めて欲しい。優先順位や必要度合いを。その他パーツごとの機能的な関係を。真の組み合わせ性を。
・今は”ゴチャッ”とひとかたまりでしか、把握していないと思います。
・いっそ山本昌邦コーチでも(笑)。”コーチ”なら。
ウチの柱谷監督に代表の岡田監督と、何やら2008年は、従来型の日本サッカーの知恵の、最後の出番の、総決算に付き合っているのかなと、そんな感じがしますが。(笑)
一方で城福FCや反町ジャパンという、新時代の息吹きもあって・・・・と、これはまた今度。
付き合う義理自体は無くは無いと思うので付き合いますが、これで最後にしてね?(笑)
でないと理性が悲鳴を上げる。今更こんなソフトでやるの?ま、やって出来なくはないけどさ。
W杯3次予選 日本代表 △1−1△ オマーン代表(マスカット)
そんな中両チームともよく戦いました。しかしあの”中東独特の”変なコ○ラン詠唄風応援て、オマーンの選手は喜んでいるんでしょうか。
酷暑の中東アウェーでも、”0トップ黄金の中盤”を貫いて来た岡田監督。
正直それほど目覚しく機能していたわけでもないですし、安定感アドバンテージ双方の観点から、特に貫く利便性は感じられないですし、試合中何度か電柱系や単純に「強い」系の選手が欲しくなったのも事実ですが。
ただ選手たちからはこのチームこのメンバーでやるんだという迷いの無さ、覚悟のようなものは十分に伝わって来て、なかなか打開の糸口が見えない中でも落ち着いて&前向きにポゼッションを続けていましたし、PK奪取場面を筆頭に、そうしたボール回しとの連携で玉田は常に虎視眈々と飛び出しの機会を窺い続けていて、かなり男前でした。
玉田は小さいけど強いんですよね、意外と。前田遼一の代役扱いを繰り返してましたが(笑)、案外こっちの方が要なのかも知れない。やらかしちゃったけど大久保も”強い”選手だし、岡ちゃん好み?
作りかけのチーム特有の高揚感&今までの糞詰まりの解消感(笑)の勢いに助けられている部分はあるでしょうけど、こんなメンバーでもよく戦える、「いいチーム」にはなってますよね。本当にキリン杯から始まったチームだと考えたとしたら、むしろ岡田監督の手腕は絶賛されてもおかしくはないくらいで。
基礎教養の物足りなさを別にすれば、やはり日本人としてこれほど信用度の高い監督は滅多にいない。
まあそれで”強い”かどうかは別ですけど。さんざん持ち上げといてなんですが。(笑)
こういうきつい試合で、選手たちの頑張りを認めながら、その上でやや恋しく思い出されたのが、オシムの”ポゼッション”、いわゆるアタッキングサードの前までの組み立ての簡潔さと安定感で。またはフィールドと労力を合理的に使えているという安心感、あるいは”お得”感で。(笑)
繰り返しますが選手たちは十分に力を出して、かつ自信を持って落ち着いてポゼッションして、それについて大きな破綻は無かったですけど。
ただその間に消費されている労力や注意力や技術力を鑑みると、またあくまで個々のやや即興的な”頑張り”の連なりであるであることを考えると、こういう粉砕・攻め切りまで行かない、かつ駄目元の格上ではなくむしろ見下ろすべき相手であるという状況では、やはりどうも勿体ないというか、その頑張りは別のところorもう少し先で使えないかと、そういう気にはなります。
まあ一つの決意表明としてはいいと思いますけどね、今の段階では。
ただ別にオシムとの比較でなくとも、岡田ジャパン内での人材選択や戦略の問題として、これから他のやり方というのも考えられては、行かざるを得ないだろうなとは思います。
本当の「挑戦」の場面以外では、リスクとリターンはなるべく釣り合っていてもらいたい。まあどちらかというと「圧倒的な」チームを作ろうとしているのかなという感じもしますけど。ケチケチせずに。(笑)
とりあえず上げるべき効率は色々ありますよね。
キリン杯以来の起用法を見ていると、(ジーコ/オシム下で重用されなかった)長谷部は前々から是非使いたいと思っていた岡田監督の”恋人”なのは窺えますが、俊輔と遠藤が自然に「重心」的働きを務める中で、その流動性・ユーティリティを攻守にどう活かすかにはまだだいぶ迷いがあるように見えます。この試合で言えば、多分もっとシュートを打つ役目を果たすべきだったんだろうなと思いますが。結局それも組み立て役の2人の方にやらせてしまっていた。
松井も一つ一つのクオリティは低くないんですが、ドリブル/シュート/パスの選択は全体の中で必ずしも効率的ではなかったし本人的にも一瞬の迷いが度々見えましたし、根本的なことを言えば多分俊輔のパートナーとしては、同じドリブルするにしてももう少し直線的なタイプの方が、コントラストとしてはいいのかなと思いますが。
そこらへんも含めて、当面はまず慣らしてもらうしかなくて、ジーコじゃないですが(笑)ある程度のメンバー固定は、必須な段階なのかも。(あんなには待てませんが)
まあ単純に”0トップ”のチームとしては、もう少し「隙あらばどこからでも打つ」という迫力は欲しかったかなと。そこらへん”2人”(↑)の判断力はやはり凄い。
基本的には、当面この方向で頑張って欲しいとは思います。
それなりに出来ているし、選手もやる気になっているし、楽しみ/楽しさも無いわけではない。
ただリスク/コスト管理の問題としてやはりいかんともし難く前時代的な感じはする、それは同格以下の相手への取りこぼしの危険と無駄な燃え尽きの危惧というのが一つ、それから同格以上の相手に対した時に、リスク/コスト管理という”カタパルト”の整備状態が、本格的な飛翔の為の余力としてどう影響するかというのと。
実際はオシムも結局”飛翔”の段階までは行けなかった、最高到達点は示せずに中途で去ってしまったので、頑張って下さいとしか言いようがないですけどね。具体的に優劣を問える材料は、実は誰も持っていない。
ただどうも、岡田監督に求めるはずだった(予選突破の為の)「安心感」みたいなものは、うやむやに棚上げされている感じだなと(笑)。・・・・多分そこらへんの含みもあって、日和ってたんでしょうけどね岡田監督は。でも自分が思ったほど器用でもなかった。だったらいいや、エイ!という状態。
まあ元々安心を求める、安心が存在すると考える根性が多少下司なので、諦めるしかないですな。協会は明らかに”逃げ込んだ”つもりだったんでしょうけど、岡田監督に。
これに懲りて、次からは悔いのないよう、ちゃんと”賭ける”選択をして下さい。今回だけは「日本人代表」としての岡田監督に免じて許すけれど、僕は。
前節謎の突撃戦略で粉砕されたウルグアイ人監督のクビを飛ばして、内部昇格暫定監督で臨んで来たオマーン代表でしたが、”強豪”日本代表に対して別な意味で果敢な、どこかで見たような(笑)プレス&ショートカウンターで挑んで来て、それが存外にまとまりが良くてかつ精度も悪くなくて、状況を考えればほとんど最高の出来だったのではないかと。
多分あちらはあちらで、「ポゼッション/能動型」への模索でもしてる時期なのかなあと、思わなくはなかったですが。お互い大変ですね。(笑)
とにかくいい試合でいい戦いで、ピンチ/チャンスの質的には、負けててもおかしくなかったと思いますが。その場合はちょっと、岡田監督の動きの遅さは問題にされたでしょうね。僕の理解だと、つまりは「メンバー固定」「このメンバー」へのこだわりが強い段階なので、それほど不思議では無かったですけど。
でもなんか、楢崎は止める気がしました。(笑)
トゥーリオは具合悪そうですねえ。ここ戻って来てれないと、結構辛い。
左の駒野はやっぱりちょっとヘタレ。クロスの上げどころもあんまりないし、連携や同質性を重視するという意味でも、今野の方がいいかも。まあ基本的には中盤が中盤なだけに、サイドバックには何よりも”縦に”行って欲しいんでしょうけど。
故障明けの内田でしたが、むしろ今までて一番良かった気がします。落ち着いていたし、持続性もあった。対面の相手にはやられ気味でしたが、それでもまあ持ち応えた方かと。
いずれ展開or修正するような機会もあるかと。
中盤
・遠藤、長谷部、俊輔、松井の4人は、それぞれに(例えば)「トップ下」をこなす能力・経験を持った、言わばちょっとした『黄金の中盤』。
・それは”ジーコ”がどうこうというより、もっと素朴に「オールジャパン」的。
・それがある意味、岡田ジャパンの売りであり基本性格であり、(日本人としての)誇りや支持基盤でもあり得るだろうと。
・”だから物足りない”という意見の裏返しとして。
FW
・玉田/大久保セットについて、岡田監督は「ずっと1トップ(4−2−3−1)でやってる」と言っているが、多分に煙幕orはったりだと思う。
・キリン杯パラグアイ戦の巻−山瀬のもっとはっきりした1トップの機能性は酷いもので、あの試合の前半の”ポゼッション”の不毛さは、「オシムの中盤」のせいというよりそれと前線の組み合わせの絶望的な不整合によるのだと思う。
・誰が飛び出すねん。どう考えても枚数足りなくなるだろう。
・玉田/大久保(の”1トップ”的な)セット、及び玉田の起用理由の本質は、中盤との連携力の高さにあるのではないか。これは玉田が前田でも同じだが。
・考えてみれば玉田(前田)も大久保も、一応山瀬も入れていいが、彼らもまた言ってみれば「トップ下」的性格持った選手。
・....ツーロンの「全員ボランチ」の向こうを張った、「全員トップ下」?
・というのはまあ半分冗談としても、ある種の均質性が特徴なのは間違い無い。
・何トップということを言うならば、いっそ”0トップ”的と言うべきだろうと。
・この場合、巻のあぶれぶりは相当(笑)。まだ矢野の回転力の方が、同じ労働者系でも。
・むしろ異質性狙い、完全パワープレー要員というなら別にいいけど。
岡田監督の”戦術”
・奇を衒わず「オールジャパン」だというのはまず前提として。
・プレッシングとゾーンディフェンスはただの基本だし、「攻守の切り替え」にしろ「接近」にしろ「連続/ノンストッププレー」にしろ、岡田監督の強調部分はいずれも何かの中身というよりは「運用」的性格の強いもの。
・そういう意味では要するに”サッカー”をやっているだけで、状況や相手によって遅攻だったり速攻だったり、ボールキープ率が高かったり低かったりはしても、前回言ったように”ポゼッション”と”ショートカウンター”的な問題設定はさほど明確には無いのだと思う。
・今の観点からは「引きこもり」なんぞと言われてしまうフランスW杯時のチームだが、山口素/名波/中田ヒデという中盤のメンツは、それほど何かに”割り切った”ものとは見えないし。
・むしろここらへんまでの世代の監督としては、加茂監督の方が突出した「海外厨」で、理論的ではあるがその一方で自意識や劣等感に馬鹿正直に囚われてもいた。
・....つまり加茂監督の場合は「ショートカウンター」に割り切っているという意識が強かったろうし、それしか出来ないという卑屈さが、攻撃戦術や人材登用の硬直化も招いていた。
・話戻して岡田監督はもっと素朴で楽観的で、その意味で「攻撃的」でもあるし、また中核的な部分は選手の能力に信頼・期待するのみで、”最先端”的(笑)な意味では特に戦術らしい戦術はないのだろうと。
・だから「語られていない部分がある」という、こちらの不満や期待は的外れかも。
・ちゃんと語ってるじゃんという、岡田監督。基本的には見解の相違。
・とはいえ素朴なだけでジーコのように確信犯だったりヨーロッパへの党派的対抗意識があるわけではないので、特にタブーなく、打てる手は全部打って来る(いる)わけでしょうけど。
・岡田監督は日本人選手の能力に一定の自信を持っているし、それに従って一定の機能性を持ったいい/強いチームを作る自分の能力にも自信を持っている。それを普通に、なるべく効率的にやればいいと。
のかな。(笑)
”0トップ”的なことを本当に考えていたら面白いと思いますが、その場合高原はとても要らない気がするので(笑)、あのこだわりは迷いのあらわれとも言えるし、逆に”放牧”処分は要らないという本能が下した決断とも。(笑)
まあとにかく人それぞれですから、あんまりこっちの枠組みを決定済みの”現実”として当てはめ過ぎると、本当に空理空論になる。特に世代の違う人はね。
現実的不都合が露骨になって断罪する段なら、いっそすっぱりやってしまえばいいですが。(笑)
・・・・結構長いな。かえってこの形態で良かったか。
南アメリカW杯3次予選 日本代表 ○3−0● オマーン代表(日産)
うまいこと回転してるし、ちゃんと仕事もしてるし。
いきなりどうでもいいことですが、NHKBS1が、はっきりと「日産」スタジアムと発声していたのでちょっと違和感があったというか、”ネーミングライツ”って偉いのねと思ったというか。(笑)
いやだってさ、あそこまで有名な「ギネスブック」ですら、”ギネス”って言ってもらえないんですよ?最近の何かの放送ですが。「世界記録を集めた本」だって。一瞬何かと思った。(笑)
『footballista』の編集長は、「ウチは使いません」(元のスタジアム名で表記します)とFoot!で言ってましたから、使うかどうかは自由なんだろうと思うんですけどね。
さて試合。
キリン杯2戦目パラグアイ戦の大幅なメンバー変更については、違った(ポゼッション)スタイルを試す意図が無かったわけではないでしょうが、後半の矢継ぎ早のコートジボアール戦メンバーの投入を見てると、やはりあそこまで大きく変えたのはオマーンの偵察に対する情報隠し(サンスポ)という意味合いが大きかったんだろうなと、個人的には思います。
”オレ流”による灰色脱却を宣言した背水の岡田監督としては、どう考えても基本形の確認・刻印の方が優先順位は高かったはずで、だから”偵察”の件を知らずに訝しがりながら前半を見ていた時の僕は、「オシムのメンバー(啓太・憲剛・遠藤・俊輔セット)じゃ駄目だ」ということを実地で証明する為にやってるのか?と、陰謀史観すら脳裏に渦巻かせていましたが。(笑)
ただ結果的には普通ではなかなかやり難い、大胆な「実験」を実戦を使って行うことが出来て、あのメンバー/スタイルによるいいところも悪いところもはっきり出て、「テーゼ:正」(コートジボアール戦)−「アンチテーゼ:反」(パラグアイ戦)そしてそれをアウフヘーベン(止揚)したこの日の「ジンテーゼ:合」と、非常に分かり易い弁証法的(笑)プロセスを、短期間でたどる事が出来たように思います。
別に言葉遊びをしているわけではなくて、こういう”分かり易さ”が何よりも、バーレーン戦までの岡田ジャパンには欠けていたものであって、例え俄かに岡田監督の能力が向上したりしなくても(しませんが(笑))、「今何をやっているのか」が分かるだけで、全くチームの仕上がりは変わって来るんですよね。
監督の「指導」というのは、決して単なる個別のカリキュラムの寄せ集めではない。うっすらとでも枠組みが見えるか見えないかによって、耳にタコの”諸注意”の理解・納得も、全然違って来る。
具体的にその”アウフヘーベン”ぶりを見てみると・・・・
コートジボアール戦
(DF)駒野、闘莉王、中澤、長友(MF)今野、長谷部、遠藤、松井(FW)大久保、玉田
パラグアイ戦
(DF)阿部、闘莉王、寺田、長友(MF)啓太、憲剛、遠藤、俊輔、山瀬(FW)巻
オマーン戦
(DF)駒野、闘莉王、中澤、長友(MF)遠藤、長谷部、俊輔、松井、(FW)大久保、玉田
まず3戦のフィールドプレーヤーのスタメンの変化はこう。
”オレ流”お披露目の1戦目のメンバーから、直接変わったのは今野→俊輔だけですが。
勿論アンカー役今野のポジションにそのまま俊輔が入るはずはなく、俊輔は2列目右に、そこにいた松井が左に、そして更にそこにいた遠藤が今野の位置に玉突き移動(?)したという、そういう形。
この「中盤最深部遠藤」というのが、この試合の布陣一番のサプライズなわけですね。
これについての岡田監督のコメントは、
1.(パラグアイ戦のように)俊輔と遠藤が(2列目で)並ぶと、どうしてもパスが前線に出ないことが多いので(2人の列を変えた)
2.点を取らないといけない試合だったので、ビルドアップのところでDFからパスを受けてつなげる選手(遠藤)が欲しい
というもの。(スポナビ)
1.はパラグアイ戦の言わば”オシム風”布陣の欠点の修正で、2.はそれはそれとしてポゼッションという目的自体の重視ということですね。・・・・それは中盤の底に遠藤のような繋げる選手を置くという意味でも、位置を工夫して&守備のリスクを犯してでも、俊輔と遠藤を同時起用するという意味でも。
背景には点が欲しいというのは勿論ですが、どうせオマーンは(アウェーで)大して出て来ないという予測もあったでしょう。
とにかく結構驚きました&微妙に懐かしい感じがしました。(笑)
ちょっと前までは割りと当たり前だったんですよね、こういう選手起用。トダノブナガの軍門に下る前はトルシエは基本的に(遠藤自身を筆頭に)こういうタイプの選手を使ってましたし、その前には山口素というイコンもいました。遠藤にPKをパクられた(?)林健太郎だって、後年ほど文句も言われずに普通に頑張ってました。(笑)
どっかの招待大会で柱谷哲二の配球能力をガイジンさんに笑われて以来、てっきりそれが”進化”の方向だと信じてたのに(笑)、4−3−3やら4−1−4−1やらの隆盛で、あちらではいつの間にやら再びマッチョマンの仕事場になってるらしく、気が付けばJリーグでも旧ディフェンシブハーフ系”アンカー”の座が指定席に。
だからもしこれを「基本」スタイルとしようとしたら、バックアップには苦労するでしょうけどね。直接遠藤と比べ得るのは、森崎兄くらいか(懐かしい名前だ)。まさか倉貫というわけには行くまいし(笑)。まあ実際は、遠藤がいなければやらないだけの話だと思いますけど。
小笠原が出来たら面白いですけどね。憲剛には・・・・そこまでのバランス感覚は無いと僕は思っています。
いずれにしても、遠藤のボランチ時代を鮮明に覚えている、土着の監督ならではの起用法だと、贔屓目も軽く入れつつ感じましたが。オシムの啓太/阿部セットの堅固さとかも、あれはあれで日本代表離れしていて魅力でしたけどね。
まあ一言で言って、割りと”微調整”的な感じで、結構器用にアウフヘーベンして来たなあという印象。「戦術」とか「システム」とか言うよりも、選手の特性の直感的な把握に基づいた、組み合わせの妙的な。え?普通ですけどお、これくらい。
後で述べるFWの使い方の件と合わせて、とりあえず機能的なチームを作ることについては、デフォルトで実は結構な自信があるのかなと。逆に言えば別に理論は要らないという。
うーん、「ショートカウンター」と「ポゼッション」って、実は岡田監督の中ではそれほどクリティカルな区別ではないのではないかなあと。「ロングカウンター」と「ジーコ的なベタベタポゼッション」の区別ならともかく。
柔軟、なのかも知れないし、教養の古さが幸いして、ある種鷹揚なのかも知れない。(笑)
類型なんて所詮単純化で、便宜的なものですからね。あると思えばある。無いと思えば無い。
自分がやり易い把握でやればいいんですよ。”あたっきんぐさーど”って何?それ美味しいの?
(つづく)
キリン杯2008 日本代表 ○1−0● コートジボアール代表(豊田)
これが日本の等身大。
バーレーン戦後の岡田監督の”オレ流”発言に対して、一部で(サポティスタのコメント欄とか)「自分を棚に上げたオシム批判だ」or「責任のなすりつけだ」的な反応が出て来て、僕はかなり意表を突かれたんですが。
いやあ、その発想は無かったわ。
僕の考えは当時も言った通りで、あれは純然たる自己嫌悪、誰でもない自分に対する怒りで、前監督の影に遠慮して中途半端なチーム作りをしてしまったこと、あるいはそんなお茶濁しで何とかやり過ごせるだろうとどこか油断していた自分、挙句見るも無残な結果を引き出して、それが思い通りにやった結果なら引き受けもするけれど、そうじゃないので気持ちの置き所が無い、ああ、死ね氏ね、死んでしまえ、豆腐の角に頭をぶつけてな俺!という、そういう猛省からの決意表明だと、素直に受け取りましたが。
言い換えれば問題は「前監督」なのでオシム個人ではない、つまり理論的問題とは一応別で、そりゃ酒の席でなら岡田監督はオシムのやり方を批判したりするかもしれないし、オシムだって岡田批判はしているかもしれないけれど(笑)、それをわざわざ公衆の面前で口にするほど二人は馬鹿でもプライドの低い人でもないので、自分を基準に下衆いこと言ってんじゃないよと・・・・あらいかん、つい本音が。
と、周到に前フリしておいて(笑)、その上であえて二人の比較という形でこの試合を見てみると、なかなか面白い部分が。
いや、正直ここまでちゃんと”オレ流”で、きっちりまとめて来るとは期待してなかったです。
遮二無二”フレッシュな”人材をかき集めて(&既存の人材のケツを叩いて)何とかしてもらおうという、若干前・現五輪代表監督系の(笑)行動に走ってるようにすら見えていました。
先発メンバーは
GK 楢崎
DF 駒野、トゥーリオ、中澤、長友
MF 長谷部、今野、松井、遠藤
FW 玉田、大久保
松井上がり目の4−3−3に近い運用の、4−2−2−2か。
なんか色々と、納得するチョイス。
まずオシムと岡田を比較すると、やはり自力でチームを”動かす”腕力ということでは否定し難い差があって、だから岡田監督の場合は流動性の確保を、より選手自身の資質に直接期待することになるわけですが。
それで選ばれているのが、今日のメンバーで言えば長友(駒野)であり、今野(啓太)・長谷部(憲剛・阿部)であり、松井(俊輔)であるわけですね。()内はオシム時代の主要な比較対照選手です。
共通選手である大久保のパートナーは今回は玉田で、同じく比較対照であろう巻とはそれぞれ違う種類のモビリティを持っているので難しいところですが、それよりも僕が面白いと思ったのは、玉田が選ばれたということは恐らくファーストチョイスは(辞退を残念がっていた)前田遼一なんだろうと言うことで、オシム時代の巻(ら)やついこの前重用していた田代のようなパワー型からの基準の変化に、少なくともそういう色気は持ってるんだなといい意味で裏切られました。
今野という選択はひょっとしたら単純に啓太が使えないだけかも知れませんが、次に述べるようにこれも可能性としてはなかなか面白いものだと思います。
長谷部はいい時にいい所にいた、うまく「海外組」の箔をつけたなという感じですが(笑)、このポジションでは稲本にかけられている期待も同様に大きいかもしれませんね。
とにかく憲剛・阿部の、攻守の比重に差はあれ「配り屋」タイプからの変化は結構明白かなと。レッズ・ブログの方では(笑)前々から言ってましたが、オシムのままでは”ボランチ”長谷部のチャンスはほとんど無かったと思います。
次にこの比較を別の観点からすると、”腕力”に自信のあるオシムは結構独特な選手のチョイスをしていて、それはつまり「ダイナミックだけど柔らかさやボールテクニックに欠ける選手」(巻・山岸・羽生・啓太ら)と、逆に「柔らかさやボールテクニックはあるけれどダイナミズムに欠ける選手」(俊輔・遠藤・憲剛ら)の、両極端をわざわざピックアップして重用して、複雑に組み合わせてチームを構成していた。
言い換えれば、それぞれのタイプの選手の欠けている・そのままではスムーズに流れない部分は戦術で補うからいい、極端に言えば「俺が動かすからいい」というそういう構え。
それに対してそこまでの自信・手腕の無い岡田監督は、上で言ったように選手自身の元々の資質に多くを負っているので、そんな両極端な、能力に偏りのある選手を集めてやらせるわけには行かないので、結果としてそれぞれの能力をバランス良く持った、能力が真ん中へんに集まった選手を多く使うようになる。
この試合で言えば長谷部、今野、松井、玉田(前田遼?)といったところ。この前までの中心選手、山瀬なんかも大別すればそういう選手ですね。
遠藤は引き続き使われていますが、それは遠藤的な能力が一人はやっぱり必要だからで、ただオシムのようにそれを何人も使うようなことはないでしょうね、出来ないというか。とりあえず一人、プラスもう一人置くかどうか、これから/状況によって考えるというところか。
最終的にどっちが強いかとかそんなことは分かりませんが、どちらがノーマルかと言えばそれは岡田の方で、だから素晴らしいともオシムは間違ってるということにもなりはしませんが、ともするとノーマルであること自体を叩かれかねない勢いなのは、やはり不当だろうと思います。
・・・・今野については選出の経緯にさほどの意図は無い可能性はありますし、所属のFC東京で今季あまりボランチらしい役割をあてがわれていないせいか、この試合のトータルのプレーも必ずしも十分なものではなかったと思いますが、啓太が果たしていた守備のタスクは基本的にこなせるはずですし、攻撃センスについては日本のMF全体の中でも、実はある面出色のものがあると僕は思っているので、期待したいです。
ポリバレントは結構なんですが、大事な攻撃場面で啓太におハチか回って来るのは、やはりちょっと、寒々しい思いを僕は前チームでしていました。(笑)
以上がメンバー選択の観点から見た2人の比較ですが。戦術的ディテールや優劣とはまた別の。
”戦術”的にはこの日お披露目された岡田ジャパンは、要するに「プレスからのショートカウンター」で、まあそれ自体は普通というか、やっぱりねというか。
”日本代表監督”の仕事としても、岡田監督にミニマムに期待されるものとしても、大筋で間違いではなくて、後はクオリティとディテールねという。
(ゲームを落ち着かせる)必要性という意味でも期待という意味でも、もう少しポゼッション色を入れることは今後課題となって来るでしょうけど、ひとまずこの方向で予選は戦えるでしょうし、その先も(ポゼッションと)迷った挙句明からさまに引きこもるような羽目には、多分今の代表選手のクオリティではならないのではないかと。
『接近』云々はもう忘れてあげた方がいいと思いますけど(笑)、強いて言えば「ショートカウンター」の運用部分において、独自色&強味として出て来る可能性はあるかなと。恐らく自然な接近と、意図的な連続という形で。展開は・・・・分からん。
まあ大西ジャパン自体も、文面を見る限り、要するに「パス回しのスキルの高いショートカウンター」だったように見えますし。
とにかく糞詰まりは解消されました。これなら負けても、少なくとも諦めはつく。(笑)
・・・・しかしあれですね、書いてて思ったんですが、例えば岡田さんが集めたようなメンバーで、オシムのサッカーって出来なかったんでしょうか。最初は理解度の高い、千葉の選手らを優先起用するとして。普通の意味で”走れて繋げる”選手自体は、日本には結構いるわけですけど。
何らかあのメンバーである必然性はあった、あるいはあの配合が最も強いor美しいと考えていたんだろうなとは思うんですけどね。
分からないと言えば分からない。千葉の場合はそもそも資源に限りがあったので、その部分は特に問題にならなかったわけですけど。
”日本サッカーの父”が語る「日本化」?
メンバーも発表されたことですし、少しは代表気分を盛り上げよう・・・・というわけでもないですけど(笑)。久々&今更のネタ。
”接近”
「もう45年も前、そう、もう40年以上も前の話です。(中略)
日本チームは、ボールに触るところと、ボールの周りの小さな激戦に関しては、大変才能がありました。
当時私が一緒に試合をしていた時、私たちは4対4でプレーしました。
私はボールに全く触ることが出来ませんでした。
彼らは電灯の周りに群がるハエのように、素早く動きました。」
電灯の周りに群がるハエ・・・・。褒められてる、んですよね?(笑)
まあ悪意があるわけはありませんが、日本人の特有のすばしっこさや細かい技術に辟易する、ゲルマン人(笑)の偽らざる実感、違和感が良く表現されていると思います。
ここでクラマーが言及しているのは、直接的には後に東京五輪を経てメキシコで銅メタルを獲るあのチームの母体となった選手たちですが、とにかくこのように昔から変わらぬ”特徴”はあったという話。
グローバルとローカル
「よく論争になりました。
竹腰と私がプレーしました。彼は私たちはテンポを落とさなくてはならない、と言いました。
もし私たちがテンポを落とせば、ヨーロッパのチームには勝てない、と私は言いました。」
これは面白い。
テンポを落とさなければいけない、つまりは本場(ヨーロッパ)のチームと同じようにプレーしなくてはならないと言う、”先進的”で”良心的”な日本人コーチ(竹腰)のグローバリズム。
それに対してそのままでいいんだ、例えローカルでも自分たちの特徴を活かし切ればいいんだ、下手に本場を見習ったりしたら勝てないぞと言う外国人コーチ・クラマー。
クラマーに当たる外国人コーチ、または十分な権威を持ってそれを主張してくれる人は見当たりませんが、対立構図としては今でもありますね。(片方は消えそうですが・笑)
付け加えるとすれば、常に「やって見せる」ことによって説得力を発揮していたというクラマーにすれば、ほら現に今お前らは、その”本場”の自分を切り切り舞いさせただろうがと、そう言いたかったのではないかと想像しますが。
「高い水準のテンポを保ったままで、テクニックもそれと同じ水準に引き上げることです。
彼らはいいテクニックを持っていました。彼らはボールの周りで、巧みなプレーをしました
しかし、彼らがこの巧みさを、11人対11人の(プレーの中で発揮するには、積むべき経験が沢山ありました)」
結局のところ、『接近』という観点からは、あのメキシコのチームはどうだったんでしょうね。
どのような形で完成されたのか。
竹腰とクラマーの「論争」の帰結はどうなったのか。この番組の中でも、また僕が今まで見たメキシコについて書かれたものの中でも、これという言及は見当たらないんですが。
(補足)クラマーとオシム
クラマーが(メキシコ五輪の時に率いていた)監督としての故・長沼健氏を、大変評価している箇所があります。収録は死去以前です。
オシムよりも、長沼の方が、よっぽどいい監督でしたよ。
(中略)
長沼は頭が良く、その上勘も働きました。
賢い男です。本当に、賢い男でした。
これ以上の具体的な話は無いんですが、この発言にはちょっと驚きました。
この驚きには3つのポイントがあって、
1.長沼がともかくも特筆に足る優れた監督だったらしきこと。
2.クラマーがオシムをある意味あまり評価していないらしいこと。
3.長沼を持ち上げる為に、わざわざオシムを引っ張り出してクサすという、大人げないことをしていること。(またそれがそのまま放送されていること?)
はっきり言って大人げないですし(笑)、オシムには聞かせたくないなとも思いますが、そんなことをする動機を想像すると、非常に興味深くはあります。
それはまずは”父”としての贔屓・思い入れ、日本には優れたところ(優れた人材)が沢山ある、やたら外国ものをありがたがって卑屈になってくれるな、オシムがナンボのもんじゃいというそういう心情・自負(他負?)があるでしょう。・・・・ひょっとしたら、(クラマーからすれば)ポッと出のオシムに『日本化』なんてしゃらくさいことを言われてしまった、そういう腹立ちもあるかも知れません。
と同時によりサッカー的な問題、オシムより遥かに長く日本サッカーを間近で見続けて来た者として、オシムが代表でやっていた仕事に、何かはっきりした違和感・・・・わざわざ名前を上げてクサすほどのそれがあるのかもなと。その方向は違うよと。
番組中でオシムの何がいけないかと語る場面が別にあるわけではないので分かりませんが、やはり上の「クラマー×竹腰論争」と何か関係のあることなのかなと、想像せずにはいられません。
・・・・僕自身はそういう理論的戦術的問題は問題として、日本人ならぬヨーロッパ人である(南米人でもない)クラマーの口から、”大”オシムの名がこのようなネガティヴな形で出て来たことそのものに、単純な新鮮さというか、普段見えないサッカーのリアリティの一つの断面というか、そうしたものが垣間見えた気がして面白かったですが。
日本人云々を別にしても、クラマーにはオシムがどう見えているのか、是非とも詳しく聞いてみたいなあ。
まあ最も単純に言うと、「外国」ったって「本場」ったって、「ヨーロッパ」ったって色々あるという、当たり前の話ですけどね。
ただどうしても極東の我々としては、「いい/美しいサッカー」とか「攻撃的」か「組織的」かそうでないかとか、そういう決まり切った構図の中でしか、なかなかオシムクラスの人を話題に出来る機会が無いので。
ともかく色々と興味深かったので、見てない人は再放送の際は是非。
南アW杯3次予選 日本代表 ●0−1○ バーレーン代表(マナマ)
負けたけど(笑)。いつものアジアの風景。
この試合の内容と結果に満足している人がまずいないのは当然で、あんまりそれについて書く気も怒る気もおきないわけですが。
特に恐らくは結果の確実性を求めて御馴染みリアリズム3−5−2にして、それが最低限の結果すら拾えなかった壊滅感と、個人的にはそれ以上に、たかがアジア3次予選で、バーレーン相手にそんな及び腰にならなくてはいけないことへの興醒めと。
どんだけ自信が無いんだというのと、どんだけ堅実慣性が強いんだというのと。重力というか。気が付くとそこに落ち着いている。
それでも当分&最有力の可能性として2010年の日本代表監督は岡田武史なわけで(出られればですが)、それを前提にした時にこの変化このスタイルをどう考えるかですが。
つまりですね。
前の試合までにやっていたor模索していた、4バックベースの怪しげなサッカーが、紆余曲折を経てそれなりに練れていった果てと、ある意味では数年前から”完成”している岡田3−5−2サッカーが、今の選手たちを使って上積みを行って幅を広げていった果てと、どちらのチームの国際的な戦闘力が高いのか&面白みがあるのか。現実的な可能性として。
僕はどちらかと言えば後者かなと思うんですけどね。
まず「戦闘力」についてはそんなに難しくはないですね。机上の理論的可能性としては、4バックベースの方が色々と幅はあるでしょうが、見よう見まねで”流動的なスタイル”なんて志向しても、あるレベル以上の相手にかかったら(ひょっとしたらアジアのトップクラスにも)フン猪口才なと一蹴されてしまう可能性が高い。持っている地力すら発揮出来ずに。ならばむしろ・・・・という。
”難しくない”というのは(後者の方が適切だと)「主張する」のが難しくないというだけです。ほんとかどうか、3−5−2なら勝てるかとか、そんなことは何も保証しません。(笑)
「面白み」の方は少し厄介ですが、視点としてはそれを全体的包括的なものと考えるのか、要求するのか、それとも部分的瞬間的な味付けとして設定するのか。
つまり色々やってみても(4バックで)チームの態をなさなければ、面白いもクソもなくなってしまうので、それならばリアリズム仕様で最低限の戦いのラインを保持しつつ、そこに日本人選手得意の瞬間芸のいくつかを組み合わせて、その時々のきらめきでひと泡ふた泡吹かせられれば、それで満足するというそういう要求水準です。
実際現在の国際的な日本人選手の水準、あるいは海外クラブで日本人選手が果たしている働きを見れば、それはある意味身分相応なので。たまに面白いことするよね?ニホンジンって。
岡田も日本人だけど選手も日本人。
・・・・あれ?無理矢理ポジる予定がネガになってるぞ?(笑)
この試合(&これまで)でそれ以外に感じるのは、岡田監督って2トップ好きだよねえということ。
逆に言えば1or3トップ系のサッカーの感覚をそもそも持っていない。持っていないものは出来ないでしょう、(1or3トップ系のサッカーの)「不安定の安定」「動的秩序」みたいなものが感覚的に理解できないと、それを統御も出来ないでしょう。2トップの”とりあえずの”安定感が肌に合うんだろうなあと。なんかブラジル人みたい。
それを補うような形で好まれる山瀬らセカンドストライカー系トップ下ですが、とりあえず山瀬はそのまんま使っても、チームを動かせないということをそろそろ理解して欲しいですね。Jでも浦和から横浜まで、知る限りそんな仕事出来ていた記憶がない。特に3−5−2だと、比重が更に大きくなるし。
だからといって遠藤がいないと仕事が出来ない憲剛というのも、少しがっかりですけど。
今夜のU−23は梅崎先発だそうですが、エンゲルスになってからの浦和での活躍を見ていると、彼が”岡田システム”の救世主になる可能性は無くはないと思いますがさて。
バーレーンは一時かなりヨーロッパっぽいというか、日本代表が通った道を通ろうとしている気配がありましたが、帰化選手を加えて個力を増強して、むしろ/単なる”中東の強豪”(の仲間入り)の道の方を歩んでるのかなと。
ある意味その方が厄介と言えば厄介なんですけど。
それも含めて、非常に「どこかでみた風景」な試合でした。オシムどころかトルシエより前の時代の。
真・”世界を驚かす”こと
さてここで問題です。その韓国やギリシャに、世界は本当に”驚いた”のでしょうか。
まあ驚いたっちゃ驚いたでしょうけどね。少なくとも結果には。あれよあれよとまさかの勝ち進み。
ただ内容に関しては驚いたというより”ヒイた”、”辟易した”とか、そっちのニュアンスの方が近そう(笑)。うわそこまでやる?それ。くー、きついねえ。分かった分かった、そんなに勝ちたいなら譲るよ今回は、俺らはまたいつでも勝てるし・・・・とまでは言わないでも。(笑)
やはり真に”驚いた”と言うには、知的興奮の要素も入っていないと、それこそ’74オランダなどのように。
まああんなレベルのものは滅多に起きることではないのでいいんですが、岡田監督が「接近・展開・連続」と仮にでも言挙げしてイメージしているのも、実際には韓国代表のそれよりももっと知的なニュアンスの濃いものだと思います。規模はどうあれ一種の”新戦術”。
理由は簡単で、同じようにやろうにも、日本には韓国ほど分かり易い、国民的合意のある「型」がまだ無いから。良くも悪くもよりクリエイティヴな、発見的な作業にならざるを得ない。
それは「危うさ」ではありますが(特に現状・笑)、本質的には大きな「楽しみ」でもあるわけです。くだんの韓国やギリシャの戦いが天晴れであるのは間違い無いですが、ありていに言えば(当事者の)勝利と成功とナショナルな熱以外、何も残らないと言えば残らない。下手するとただの”珍事”扱い。
日本代表がやろうとしている作業は、もし成功すれば仮にそれ自体としてはローカルな類型にとどまって、サッカーの戦術を革命などしなくても、”発見”の過程で働く創造的な知性は、必ず勝敗以外の部分で世のサッカー・ファンの心に残る何かを生み出すはず。世界は確かに”驚く”はず。
それで充分というか、それ以上を最初から求める筋合いは無いというか。
まあここらへんの内的な”発見”の喜びというのは、クラブでも代表でも、同一チームを見続ける醍醐味の根本でもあります。
「日本化」の諸相
だから問題は”革命”ではなくて(それはおまけ)、例の「日本化」そのものになるわけですけどね、結局。「個性化」と言ってもいいですが。
ところでここで加茂→オシム→岡田と、それぞれ何らか「日本化」を強く意識したチーム作りをした(している)と思われる監督(トルシエやジーコが全く違うとは言いませんが、力点として)の仕事の性格を改めて見てみると、日本サッカーが自信をつけていく過程が見えるようで面白いです。
つまり
加茂 :とにかくまずはヨーロッパ・メソッドの学習だ
オシム :日本人には誇るべき武器もあるから、それを活かす方向で調整してみよう
岡田 :一人で出来るもん!
(笑)。例えばかのNo.1オシム/トータルフットボール代弁人西部謙司氏は、某所で岡田ジャパンを評して、「オシムの”日本化”を尖鋭化したものだ」と言っています。同じ流れにはあるがより純粋主義的であると。
実際「細かいボールテクニック」や「俊敏性」に優れ、「勤勉」で「走力」があるといった基本的な特徴・長所の認識そのものは、言葉の上でもオシムと岡田さんはほとんど違いはないわけです。
違うのはオシムがそれらを自分の元々のメソッドと合成する形で、言い換えればより包括的な理論・戦術の「一部」として活かそうとしたのに対して、岡田さんの場合はある意味それのみで突破しようと、あるいはそれを直接核としてスタイルを構築しようとしているところ。
こうした手法の選択自体は必ずしも意識的なものではなくて、既に得意のスタイルを確立していて、かつ外国人として基本的に「世界」から日本を見ているオシムがそちら側に「日本」を組み込もうとするのは当然ですし、また岡田さんの場合はそうしたオシムの「日本化」の作業・仕事の内容に、オシムより遥かに長く・近く日本サッカーを見続けていた者として日本のサッカー人が当然感じる違和感を、言わば代表する形で今回の職に就き、自然そこらへんのモチベーションが強調される。(そして準拠すべきスタイルは持っていない。(笑))
結果ある意味ついた勢いが止まらないような形で、”純粋化””尖鋭化”してしまう部分が出て来る。
そうした行きがかりはともかくとして、手法として端的に両者を比べてみると、どちらが”強い”かとかは当面言いようがないとしても、オシムの安定感に比べて岡田”尖鋭化”に避け難い危なっかしさがあるのは確かです。・・・・つまり、仮に「一人で出来る」としたとしても、わざわざ「一人で」やる必要は無いわけで。借りられる力は借りればいいし、持てる幅は持てばいい。目的は勝つことであって、自意識を満足させることそのものではない。
まああえて予測するとすれば、少なくとも韓国代表的な”凝集した突破力”ということで言えば、オシムのようなチーム作りよりも、「一人で」やった場合の方が持ちやすいかなとは思いますが。
なぜならオシムのチームでは良識的過ぎで、世界をヒかせることは出来ないから(笑)。すんなり納得されて、席を与えられてしまう。はい、キミ、そこね。あ、すいません。








