2008年01月31日 (木) | 編集 |
なんか物凄い勢いで落とし所に落ちて行っているような。
キリンチャレンジカップ’08 日本代表 ○3−0● ボスニア・ヘルツェゴビナ代表(国立)
多分、いい意味で。
”ダイヤモンド”で”トップ下大久保”と聞いて、思い出し屋さんの(笑)僕が思い出したのは第一次岡田政権のこれです。これでもあります。
つまり「2トップ」の下に「飛び出し/FW型のトップ下」を置き、「ボランチタイプゲームメーカー2枚と守備型ボランチ」の逆三角形で支えるという形。(その下に4バック、両サイドは攻撃的)
中盤だけ並べるとこういうこと。
北澤
(大久保)
名波 中田英
(遠藤) (中村憲)
本田泰or山口素
(鈴木啓)
本田と素さんのどっちが啓太のイメージにより近いかは微妙(笑)。遠藤と憲剛も見方によっては逆かも知れません。
この布陣がどういう性格のものだったか改めて言うと、加茂のチームを緊急リリーフで引き継いだ(2試合目以降の)岡田さんが、主に攻撃&中盤の活性化を、守備力とのバランスを測りながら目指した布陣。
目玉はその時点でほとんど加茂のチームの構想外に去っていた北澤の抜擢とそれによる流動性の導入で、それまではちょうどここに挙げた北澤以外の4人によるボックスで、ほぼパスだけの安全第一の中盤の構成になっていたわけですね。
この類似性になぜ重要性を感じるかというと、それは僕が知る限りキャリアの中で岡田監督が唯一成功した「攻撃型のチーム改革」であり、またあの失敗の許されない状況で、実感的には加茂のそれと全く違う性格のチーム(中盤)をあっという間に作り上げたという意味で、つまりは非常に岡田監督が個人的に得意とする、手の合うチーム構成なのではないかという。
・・・・これは僕がよく言うことですが、ある監督が機能させられるチームの形なんて、実際はそんなに多くはない、好きこそものの上手なれだということです。本当に「理論」で出来るのは、一部の一流監督だけ。
岡田監督が今更”ジョホールバル”を思い出してボスニア戦のチームを作ったなんてことは思いませんが、チリ戦の覚束ない出来を見て、間近に迫った真剣勝負の気配に迫られながら。早くも動き出した現実家の血が(笑)、掲げたスローガン/コンセプトと大きくは矛盾しない範囲で知らず知らず接近(笑)して行った落とし所なんじゃないかなという。(ああ、俺っぽい分析だなあ)
もう少し真面目に2つのチームを比較すると、明らかな違いもあります。
それは特に2トップの役割で、’97年のチームの場合はまずはプレッシングのリード役というのは当然として、攻撃的には動き回って掻き回して、なるべくサイドに引っ張ってトップ下北澤の飛び出すスペースを作るというのが、最大の仕事だったわけですね。
それに対して今回は、どこまで機能しているかは微妙ですが、TBSの放送席がうるさいくらい言っていたように(笑)、ポストになってボールを落とすというのが第一の仕事。
どういう文脈でこれが指示されているのかは知りませんが、僕が思うにこれには重要な意味があって、つまりそもそも「接近」などということをわざわざ岡田さんが持ち出した理由である「狭いスペースでの日本人の巧緻性・俊敏性」、これが最も素直に出せるのは、ポストが落としたボールに”殺到”して次々飛び出しながら展開するという、そういう状況だと考えられるからです。
それは多分、僕が「トップに当てて押し上げる系が好き」な理由の一つでもあるだろうと思うんですが。つまりそこに、”日本人によるサッカー”の、一つの究極かつ独特な強味がある。
代表レベルだと(いつも挙げますが・笑)’02ツーロンU−21大会をプチ席捲した、小野現技術委員長のチーム(とその前身としての西村ユースチーム)が好例。
「中盤の密度を高めて個人よりも複数人の連携で勝負する」
「そういったことを生かすには攻撃時も選手の距離が近いほうが良い」
「ポストプレーからの展開でDFを突破する時に最も重要な意味を持ってくる」
ちょっとランダムな引用ですが、いずれも 『Variety Football コラム』 より。
細かいことは今日は書きませんが、とにかく「接近」と「ポスト」というキーワードから、僕にはどうしても浮かび上がって来る連想です。
・・・・ちなみに『甲府』という比喩だとどうも「中盤を作る」という感じで、感覚的リズム的にあんまりスムーズじゃないんですよね。ていうか甲府自身も有力なFW/ポストマンが欠けていたから、不安定だった(不安定化した)んじゃないのかという気もするんですが。
岡田さんは小野さんが「選んだ」監督ですが、僕の知る限りそれほど理論的な繋がりは深くないように思います。世代もちょっと違いますし。(岡田さん’56年、小野さん’62年生まれ)
恐らくは岡田さんの個人的なサッカーの好みと、現場にいた時の小野さんらが作っていた日本サッカーのあえて言えば本流とが、オシム(とジーコ)という異物であり孤高である人が作ったサッカーの流れに対して、間違っているというわけではないけど何か違う、別物だという違和感or差異として、間接的に共通性を発生させているんじゃないかという感じですが。
”岡田さんの好み”ということを分かり易くする為に物凄く乱暴な類型化をすると、つまり上で言った、岡田さんが”改革”した加茂さんのチームの「パスだけの安全第一」という性格は、レベルはかなり違いますが(笑)オシムのチームの特徴でもあるわけです、相対的には。
きっちりゆったりなんですよね、オシムのは(そしてジーコも)。もっとゴチャゴチャした訳の分からない勢いとその中でプレー出来る器用さが、日本人のサッカーの本質にはあって、そしてそれは外国のチームにとって厄介なものでもあり得るだろうという。そこをどう取り込むか。
・・・・ただし、「技術委員長」としての小野さんのオシム・サッカーに対するコメントには、正直僕は失望しっ放しでした。立場上擁護が基本だとしても。
昔力説していたことと違わないかい?オランダは目指さないってはっきり言っていたじゃないか。俺は覚えてるよ、何せ当時のヴェルディの監督は結構オランダな人(李さん)だったから(笑)。どうせ俺らはあぶれもんだよと。まあ多分、「オシムは発展形・現代形だ」というのが答えとして返って来るんだろうとは思いますが。
とにかく、早くもこんな常識論的な揺り戻しの議論が起こったりもしていますが、細かいことはともかくとして、やっぱり岡田とオシムは違う、もっと言えば岡田さんのサッカーが進めば進むほど、オシムからはかなり離れて行くんじゃないかというのが現時点での僕の見立て。
本質的な違いは結構ある。ただ必ずしも岡田さんはそのことに自覚的ではないような感じも。「諸外国の後を追いかけても追い付かない」という発言が、オシムの仕事に対して肯定的なのか否定的なのかは微妙ですが。ただ『本場の常識』論という”海外厨”的な(笑)立場とは、そりが合わないだろうなと。飽くまで日本人文脈。
それと大木コーチの地位の関係というのが、今イチよく分からないんですけどね。早くにバルサ4−3−3は捨てられましたが、この日のチームが僕の言うように「岡田システム」であるなら、ある意味晴れて”コーチ”に落ち着けた(笑)わけですが、ではその中で甲府で培ったノウハウはどれほど有効に使えるのか。むしろ先入観にならないか。
「ある監督が機能させられるチームの形なんて、実際はそんなに多くはない」という僕の経験則を、もう一回掲げておきますが。大木さんはそこまで汎用性を獲得した、「一流」の人なのか。
つまりツーロン云々で例示したように、「接近」そのものは全く新しくはないからですけど。別に甲府を持ち出さんでも。岡田さんのインスピレーションにはなったんでしょうけど。(ここらへんの”思い付き”感が不安)
まあもう少し見てみないと分かりませんが。
キリンチャレンジカップ’08 日本代表 ○3−0● ボスニア・ヘルツェゴビナ代表(国立)
多分、いい意味で。
”ダイヤモンド”で”トップ下大久保”と聞いて、思い出し屋さんの(笑)僕が思い出したのは第一次岡田政権のこれです。これでもあります。
つまり「2トップ」の下に「飛び出し/FW型のトップ下」を置き、「ボランチタイプゲームメーカー2枚と守備型ボランチ」の逆三角形で支えるという形。(その下に4バック、両サイドは攻撃的)
中盤だけ並べるとこういうこと。
北澤
(大久保)
名波 中田英
(遠藤) (中村憲)
本田泰or山口素
(鈴木啓)
本田と素さんのどっちが啓太のイメージにより近いかは微妙(笑)。遠藤と憲剛も見方によっては逆かも知れません。
この布陣がどういう性格のものだったか改めて言うと、加茂のチームを緊急リリーフで引き継いだ(2試合目以降の)岡田さんが、主に攻撃&中盤の活性化を、守備力とのバランスを測りながら目指した布陣。
目玉はその時点でほとんど加茂のチームの構想外に去っていた北澤の抜擢とそれによる流動性の導入で、それまではちょうどここに挙げた北澤以外の4人によるボックスで、ほぼパスだけの安全第一の中盤の構成になっていたわけですね。
この類似性になぜ重要性を感じるかというと、それは僕が知る限りキャリアの中で岡田監督が唯一成功した「攻撃型のチーム改革」であり、またあの失敗の許されない状況で、実感的には加茂のそれと全く違う性格のチーム(中盤)をあっという間に作り上げたという意味で、つまりは非常に岡田監督が個人的に得意とする、手の合うチーム構成なのではないかという。
・・・・これは僕がよく言うことですが、ある監督が機能させられるチームの形なんて、実際はそんなに多くはない、好きこそものの上手なれだということです。本当に「理論」で出来るのは、一部の一流監督だけ。
岡田監督が今更”ジョホールバル”を思い出してボスニア戦のチームを作ったなんてことは思いませんが、チリ戦の覚束ない出来を見て、間近に迫った真剣勝負の気配に迫られながら。早くも動き出した現実家の血が(笑)、掲げたスローガン/コンセプトと大きくは矛盾しない範囲で知らず知らず接近(笑)して行った落とし所なんじゃないかなという。(ああ、俺っぽい分析だなあ)
もう少し真面目に2つのチームを比較すると、明らかな違いもあります。
それは特に2トップの役割で、’97年のチームの場合はまずはプレッシングのリード役というのは当然として、攻撃的には動き回って掻き回して、なるべくサイドに引っ張ってトップ下北澤の飛び出すスペースを作るというのが、最大の仕事だったわけですね。
それに対して今回は、どこまで機能しているかは微妙ですが、TBSの放送席がうるさいくらい言っていたように(笑)、ポストになってボールを落とすというのが第一の仕事。
どういう文脈でこれが指示されているのかは知りませんが、僕が思うにこれには重要な意味があって、つまりそもそも「接近」などということをわざわざ岡田さんが持ち出した理由である「狭いスペースでの日本人の巧緻性・俊敏性」、これが最も素直に出せるのは、ポストが落としたボールに”殺到”して次々飛び出しながら展開するという、そういう状況だと考えられるからです。
それは多分、僕が「トップに当てて押し上げる系が好き」な理由の一つでもあるだろうと思うんですが。つまりそこに、”日本人によるサッカー”の、一つの究極かつ独特な強味がある。
代表レベルだと(いつも挙げますが・笑)’02ツーロンU−21大会をプチ席捲した、小野現技術委員長のチーム(とその前身としての西村ユースチーム)が好例。
「中盤の密度を高めて個人よりも複数人の連携で勝負する」
「そういったことを生かすには攻撃時も選手の距離が近いほうが良い」
「ポストプレーからの展開でDFを突破する時に最も重要な意味を持ってくる」
ちょっとランダムな引用ですが、いずれも 『Variety Football コラム』 より。
細かいことは今日は書きませんが、とにかく「接近」と「ポスト」というキーワードから、僕にはどうしても浮かび上がって来る連想です。
・・・・ちなみに『甲府』という比喩だとどうも「中盤を作る」という感じで、感覚的リズム的にあんまりスムーズじゃないんですよね。ていうか甲府自身も有力なFW/ポストマンが欠けていたから、不安定だった(不安定化した)んじゃないのかという気もするんですが。
岡田さんは小野さんが「選んだ」監督ですが、僕の知る限りそれほど理論的な繋がりは深くないように思います。世代もちょっと違いますし。(岡田さん’56年、小野さん’62年生まれ)
恐らくは岡田さんの個人的なサッカーの好みと、現場にいた時の小野さんらが作っていた日本サッカーのあえて言えば本流とが、オシム(とジーコ)という異物であり孤高である人が作ったサッカーの流れに対して、間違っているというわけではないけど何か違う、別物だという違和感or差異として、間接的に共通性を発生させているんじゃないかという感じですが。
”岡田さんの好み”ということを分かり易くする為に物凄く乱暴な類型化をすると、つまり上で言った、岡田さんが”改革”した加茂さんのチームの「パスだけの安全第一」という性格は、レベルはかなり違いますが(笑)オシムのチームの特徴でもあるわけです、相対的には。
きっちりゆったりなんですよね、オシムのは(そしてジーコも)。もっとゴチャゴチャした訳の分からない勢いとその中でプレー出来る器用さが、日本人のサッカーの本質にはあって、そしてそれは外国のチームにとって厄介なものでもあり得るだろうという。そこをどう取り込むか。
・・・・ただし、「技術委員長」としての小野さんのオシム・サッカーに対するコメントには、正直僕は失望しっ放しでした。立場上擁護が基本だとしても。
昔力説していたことと違わないかい?オランダは目指さないってはっきり言っていたじゃないか。俺は覚えてるよ、何せ当時のヴェルディの監督は結構オランダな人(李さん)だったから(笑)。どうせ俺らはあぶれもんだよと。まあ多分、「オシムは発展形・現代形だ」というのが答えとして返って来るんだろうとは思いますが。
とにかく、早くもこんな常識論的な揺り戻しの議論が起こったりもしていますが、細かいことはともかくとして、やっぱり岡田とオシムは違う、もっと言えば岡田さんのサッカーが進めば進むほど、オシムからはかなり離れて行くんじゃないかというのが現時点での僕の見立て。
本質的な違いは結構ある。ただ必ずしも岡田さんはそのことに自覚的ではないような感じも。「諸外国の後を追いかけても追い付かない」という発言が、オシムの仕事に対して肯定的なのか否定的なのかは微妙ですが。ただ『本場の常識』論という”海外厨”的な(笑)立場とは、そりが合わないだろうなと。飽くまで日本人文脈。
それと大木コーチの地位の関係というのが、今イチよく分からないんですけどね。早くにバルサ4−3−3は捨てられましたが、この日のチームが僕の言うように「岡田システム」であるなら、ある意味晴れて”コーチ”に落ち着けた(笑)わけですが、ではその中で甲府で培ったノウハウはどれほど有効に使えるのか。むしろ先入観にならないか。
「ある監督が機能させられるチームの形なんて、実際はそんなに多くはない」という僕の経験則を、もう一回掲げておきますが。大木さんはそこまで汎用性を獲得した、「一流」の人なのか。
つまりツーロン云々で例示したように、「接近」そのものは全く新しくはないからですけど。別に甲府を持ち出さんでも。岡田さんのインスピレーションにはなったんでしょうけど。(ここらへんの”思い付き”感が不安)
まあもう少し見てみないと分かりませんが。
2008年01月27日 (日) | 編集 |
やり難いわ書き難いわ。
キリンチャレンジカップ’08 日本代表 △0−0△ チリ代表(国立)
書くことが無いので色んなサイトを見て回っていたら、(それでも)書こうと思っていたことをあらかた書かれているのを見てしまって、ますます窮地に追い込まれてしまいました。(笑)
逆に1試合1試合、しかも限られた時間で「何か」一本方針の通ったものを書かなくてはいけないスポーツ新聞の記者さんたちは、なんだかんだ大変だよなと改めて。
この試合について言えば
肯定派:報知 「岡田ジャパン、オシムサッカー捨てた」
否定派:スポニチ 「岡ちゃん頭抱えた!攻撃的初陣不発」
中間派:サンスポ 「W杯予選タイ戦大丈夫?岡田ジャパン、格下チリ相手に悪戦苦闘」
という感じでしょうか。ちなみに今の時点だと、各紙全部合ってるような気がします。(笑)
同様にいつも思うのは、試合終了直後にコメント求められて、何か言わなくてはならずまたそこで失言かまさないよう気を付けなくてはならない、監督・選手たちも大変だなということ。
むしろ言葉に真剣な、何かちゃんとしたことor面白いこと(笑)を言わなくてはという義務感のある人ほど、つい言わずもがななことや言葉尻を捕らえられやすいことを言ってしまって、その後の仕事をやりにくくしたりするような。・・・・でも話のつまらない人は基本的に試合での仕事もつまらない気がしますけど。
とにかく”直後”だけは勘弁してやれないかなと、よく思うんですが。
だって・・・・嫌だよ俺だって、終了直後に更新するの。例えこんな何の責任も無い個人ブログでも(笑)。その時書いていることが本意なのかどうか、自分でも自信が持てない。
少し時間をくれ。出来れば一晩。脳が落ち着くまで。
NHK系のハーフタイムの監督インタビューも、あれはどうなんでしょうね。後半始まってもやってたりしますけど。
さて試合ですが。現象面については他の人たちが書いている通りです。(うわあ)
”収穫”とか、クオリティとかは時期尚早なのでいいとして、特にオシムとの比較の上での今後の自分的な注目ポイントだけ挙げておきます。・・・・余りにクオリティが低い場合は、ポイントも比較もくそもなくなりますけどね。
1.ワイドと「接近」
オシム・ジャパンのそれまでの日本代表と分かり易く違っていたことの一つは、フィールドを意図的にワイドに使っていた(使えていた)こと。
それもそれまで日本人全般の「課題」として意識されていた”一発の長いパスによる展開”ではなくて、短めのパスの連鎖によるもので、それで詰まらないように素早く展開する為に、緻密なポジショニングと考えて走ること(結果的に同じですが)が必須だったわけですね。
この(日本人の得意な)「短いパス」でかつ「ワイド」に展開するというのは、『日本化』という例のスローガンに、多分一番的確に当てはまる要素だったかなとも思うんですが。
それを岡田−大木ジャパンは捨てると、狭めると、言うわけですが。「接近」の後の「展開」というのは、どちらかというと長いパス一発というように聞こえるんですけど違うのかな。
どのみち”サイド寄せ”というくらいで、フィールドを2分割するというか、ワイドに広げるのではなくて目的の違う(物理的に)狭いスペースを2種類作るという感じですよね。「接近」用と「展開」用と。
その根本的な有用性は置くとして、1試合目ですが早速オシムの時のワイド感は失われつつあるのが見えたと思います。方向性が変わった、というよりも、キープしていたものが崩れた、という感じですけど。まあオシムだからキープ出来ていたものなので、崩れること自体は当たり前なんですけどね。
どちらにも与しない見方で見るとして、ワイドに使えていたメリットをどれくらい狭さで置き換え、そして目標としては上回れるのか。もしくはワイドさの目減り分をどれくらい補えるのか。(笑)
オシムのワイドは接触を避ける為、岡田−大木の「接近」はアジリティを活かす為と、どちらも「日本人の身体的特性」を前提としているのは同じなんですけどね。結論は対照的。
「接近」の後の「展開」は、オシム的狙いのより極端なものなのかな?無人のスペースでボールを運ぼうという。
2.足元パスの行方
オシム・サッカーのもう一つの特徴で、でも余り触れられないものとして「足元パス」(による繋ぎ・崩し)というものがあると思います。
これは実は日本サッカー的には結構な「異端」で、つまり讀賣クラブ/ヴェルディ川崎が覇を唱え、基本的にそんなようなイメージで「上手い」サッカー「いい」サッカーが一般国民的に考えられていた古典的な時代から、そうではなくてスペースに素早くボールを出して人がそれを追いかける、象徴的には”中田ヒデのキラーパス”的なイメージに、トルシエまでは(逆方向の失敗例という意味では逆説的にジーコの時代も)『進化』は考えられていたわけです。超大雑把ですが。
そうした流れを巨人オシムが、メディア・論壇(?)の歴史認識が追い付かないようなスピードと包容力で、「足元」だけど「進化」だ「先端」だと丸め込んでしまったおかげで(笑)、”人もボールも動くサッカー”という標語の下色々なものがごちゃごちゃになっていると僕は思うんですが。
それはともかくとして、オシムが足元でもちゃんと繋げて崩せていたのは、1のワイドの話と同様、ポジショニングとランニングを独特に徹底化していたからであって、それが無いと/出来ない時は、要するに古臭い駄目なステーションパスサッカーになっちゃうわけですね。
だからオシムのチームをベースにしつつ、それを崩したり不完全化して行くこれからの過程で、いずれ(チリ戦でも早速?)そのことは問題となって来ると思うんですが。
それが「問題」という形になるのか、それともオシム以前の日本サッカーの本流にある意味”軌道修正”されるようなことになるのか。あるいは文字通りに「継承」&発展・変形を成し遂げるのか。
甲府のサッカーを見る限り、大木監・・・・コーチ(笑)には大木さんなりの、「足元パス」の使い方についての見識はあるように見えますけどね。そこまで考えての起用なら、立派なものですけど。
もう少し理論的な話を書きたくなって来たので、いっそボスニア戦も凡戦ならいいなとか。(笑)
キリンチャレンジカップ’08 日本代表 △0−0△ チリ代表(国立)
書くことが無いので色んなサイトを見て回っていたら、(それでも)書こうと思っていたことをあらかた書かれているのを見てしまって、ますます窮地に追い込まれてしまいました。(笑)
逆に1試合1試合、しかも限られた時間で「何か」一本方針の通ったものを書かなくてはいけないスポーツ新聞の記者さんたちは、なんだかんだ大変だよなと改めて。
この試合について言えば
肯定派:報知 「岡田ジャパン、オシムサッカー捨てた」
否定派:スポニチ 「岡ちゃん頭抱えた!攻撃的初陣不発」
中間派:サンスポ 「W杯予選タイ戦大丈夫?岡田ジャパン、格下チリ相手に悪戦苦闘」
という感じでしょうか。ちなみに今の時点だと、各紙全部合ってるような気がします。(笑)
同様にいつも思うのは、試合終了直後にコメント求められて、何か言わなくてはならずまたそこで失言かまさないよう気を付けなくてはならない、監督・選手たちも大変だなということ。
むしろ言葉に真剣な、何かちゃんとしたことor面白いこと(笑)を言わなくてはという義務感のある人ほど、つい言わずもがななことや言葉尻を捕らえられやすいことを言ってしまって、その後の仕事をやりにくくしたりするような。・・・・でも話のつまらない人は基本的に試合での仕事もつまらない気がしますけど。
とにかく”直後”だけは勘弁してやれないかなと、よく思うんですが。
だって・・・・嫌だよ俺だって、終了直後に更新するの。例えこんな何の責任も無い個人ブログでも(笑)。その時書いていることが本意なのかどうか、自分でも自信が持てない。
少し時間をくれ。出来れば一晩。脳が落ち着くまで。
NHK系のハーフタイムの監督インタビューも、あれはどうなんでしょうね。後半始まってもやってたりしますけど。
さて試合ですが。現象面については他の人たちが書いている通りです。(うわあ)
”収穫”とか、クオリティとかは時期尚早なのでいいとして、特にオシムとの比較の上での今後の自分的な注目ポイントだけ挙げておきます。・・・・余りにクオリティが低い場合は、ポイントも比較もくそもなくなりますけどね。
1.ワイドと「接近」
オシム・ジャパンのそれまでの日本代表と分かり易く違っていたことの一つは、フィールドを意図的にワイドに使っていた(使えていた)こと。
それもそれまで日本人全般の「課題」として意識されていた”一発の長いパスによる展開”ではなくて、短めのパスの連鎖によるもので、それで詰まらないように素早く展開する為に、緻密なポジショニングと考えて走ること(結果的に同じですが)が必須だったわけですね。
この(日本人の得意な)「短いパス」でかつ「ワイド」に展開するというのは、『日本化』という例のスローガンに、多分一番的確に当てはまる要素だったかなとも思うんですが。
それを岡田−大木ジャパンは捨てると、狭めると、言うわけですが。「接近」の後の「展開」というのは、どちらかというと長いパス一発というように聞こえるんですけど違うのかな。
どのみち”サイド寄せ”というくらいで、フィールドを2分割するというか、ワイドに広げるのではなくて目的の違う(物理的に)狭いスペースを2種類作るという感じですよね。「接近」用と「展開」用と。
その根本的な有用性は置くとして、1試合目ですが早速オシムの時のワイド感は失われつつあるのが見えたと思います。方向性が変わった、というよりも、キープしていたものが崩れた、という感じですけど。まあオシムだからキープ出来ていたものなので、崩れること自体は当たり前なんですけどね。
どちらにも与しない見方で見るとして、ワイドに使えていたメリットをどれくらい狭さで置き換え、そして目標としては上回れるのか。もしくはワイドさの目減り分をどれくらい補えるのか。(笑)
オシムのワイドは接触を避ける為、岡田−大木の「接近」はアジリティを活かす為と、どちらも「日本人の身体的特性」を前提としているのは同じなんですけどね。結論は対照的。
「接近」の後の「展開」は、オシム的狙いのより極端なものなのかな?無人のスペースでボールを運ぼうという。
2.足元パスの行方
オシム・サッカーのもう一つの特徴で、でも余り触れられないものとして「足元パス」(による繋ぎ・崩し)というものがあると思います。
これは実は日本サッカー的には結構な「異端」で、つまり讀賣クラブ/ヴェルディ川崎が覇を唱え、基本的にそんなようなイメージで「上手い」サッカー「いい」サッカーが一般国民的に考えられていた古典的な時代から、そうではなくてスペースに素早くボールを出して人がそれを追いかける、象徴的には”中田ヒデのキラーパス”的なイメージに、トルシエまでは(逆方向の失敗例という意味では逆説的にジーコの時代も)『進化』は考えられていたわけです。超大雑把ですが。
そうした流れを巨人オシムが、メディア・論壇(?)の歴史認識が追い付かないようなスピードと包容力で、「足元」だけど「進化」だ「先端」だと丸め込んでしまったおかげで(笑)、”人もボールも動くサッカー”という標語の下色々なものがごちゃごちゃになっていると僕は思うんですが。
それはともかくとして、オシムが足元でもちゃんと繋げて崩せていたのは、1のワイドの話と同様、ポジショニングとランニングを独特に徹底化していたからであって、それが無いと/出来ない時は、要するに古臭い駄目なステーションパスサッカーになっちゃうわけですね。
だからオシムのチームをベースにしつつ、それを崩したり不完全化して行くこれからの過程で、いずれ(チリ戦でも早速?)そのことは問題となって来ると思うんですが。
それが「問題」という形になるのか、それともオシム以前の日本サッカーの本流にある意味”軌道修正”されるようなことになるのか。あるいは文字通りに「継承」&発展・変形を成し遂げるのか。
甲府のサッカーを見る限り、大木監・・・・コーチ(笑)には大木さんなりの、「足元パス」の使い方についての見識はあるように見えますけどね。そこまで考えての起用なら、立派なものですけど。
もう少し理論的な話を書きたくなって来たので、いっそボスニア戦も凡戦ならいいなとか。(笑)
2007年12月12日 (水) | 編集 |
(ブログ拍手コメントより)
>岡田監督、頭で理解できても体が、受け付けない?
>この脱力感はなんでしょうか?
僕の感じだと、まるでよく知っている女友達と寝ろと言われてるような、結婚しろと言われてるようなそんな感じはあります。いいコだけど、好きだけど・・・・でも・・・・
あるいは家業を助ける為に、取り引き先の娘さん(売れ残りの長女?)と結婚することを決心した跡取り息子みたいな気持ち?(笑)
まあ馬には乗ってみよ、女には添うてみよってね(言わないけど)。球は蹴ってみよ。
いいコなのは間違い無さそうだから、いずれ情(じょう)はわきますよ。味も出ますよ。多分。(笑)
日本代表候補 トレーニングキャンプメンバー(12/18、19)(07.12.11)(JFA)
■GK:
川口 能活 1975.08.15 180cm/77kg ジュビロ磐田
楢崎 正剛 1976.04.15 187cm/80kg 名古屋グランパスエイト
川島 永嗣 1983.03.20 185cm/80kg 川崎フロンターレ
西川 周作 1986.06.18 183cm/79kg 大分トリニータ
■DF:
中澤 佑二 1978.02.25 187cm/78kg 横浜F・マリノス
坪井 慶介 1979.09.16 179cm/67kg 浦和レッズ
加地 亮 1980.01.13 177cm/73kg ガンバ大阪
田中 マルクス 闘莉王 1981.04.24 185cm/82kg 浦和レッズ
駒野 友一 1981.07.25 172cm/76kg サンフレッチェ広島
岩政 大樹 1982.01.30 187cm/85kg 鹿島アントラーズ
徳永 悠平 1983.09.25 179cm/74kg FC東京
水本 裕貴 1985.09.12 183cm/72kg ジェフユナイテッド千葉
青山 直晃 1986.07.18 182cm/72kg 清水エスパルス
安田 理大 1987.12.20 173cm/65kg ガンバ大阪
内田 篤人 1988.03.27 176cm/62kg 鹿島アントラーズ
■MF:
橋本 英郎 1979.05.21 173cm/68kg ガンバ大阪
羽生 直剛 1979.12.22 167cm/63kg ジェフユナイテッド千葉
遠藤 保仁 1980.01.28 178cm/75kg ガンバ大阪
中村 憲剛 1980.10.31 175cm/66kg 川崎フロンターレ
鈴木 啓太 1981.07.08 177cm/67kg 浦和レッズ
阿部 勇樹 1981.09.06 177cm/77kg 浦和レッズ
山瀬 功治 1981.09.22 173cm/70kg 横浜F・マリノス
今野 泰幸 1983.01.25 178cm/73kg FC東京
山岸 智 1983.05.03 181cm/77kg ジェフユナイテッド千葉
長谷部 誠 1984.01.18 177cm/65kg 浦和レッズ
水野 晃樹 1985.09.06 173cm/62kg ジェフユナイテッド千葉
本田 圭佑 1986.06.13 182cm/74kg 名古屋グランパスエイト
■FW:
播戸 竜二 1979.08.02 171cm/65kg ガンバ大阪
巻 誠一郎 1980.08.07 184cm/81kg ジェフユナイテッド千葉
前田 遼一 1981.10.09 183cm/80kg ジュビロ磐田
大久保 嘉人 1982.06.09 170cm/73kg ヴィッセル神戸
田代 有三 1982.07.22 181cm/77kg 鹿島アントラーズ
矢野 貴章 1984.04.05 185cm/74kg アルビレックス新潟
※紫=日本代表候補初選出
・・・・旧オシム+五輪の主力。実にこう、どこからも文句の出難い満点回答という感じで、さすがという感じですが。正にこの破綻の無さをある意味では期待されてるわけですよね、当面。
でもその中での新加入組、岩政+徳永+田代の”Down To Earth”な、ソリッドな感じは早くも”岡田”色なんでしょうね(特に今更徳永というのは”意思”を感じます)。安田+内田は4バック色とも言えるし、オシムが固定して放置していた部分に手当てを行ったとも言えるし。岩政あたりもそうですが。
それにしてもサイドバックは候補が他にいないんだなという。この二人を世に送り出した吉田ユース・チームの功績は大きいなという。
長谷部はいいんだけど、もうすぐ「海外組」になっちゃうの?という。(笑)
個人的にはGKで今の都築のスケール感というのは、超日本人的で抜けてると思うんですが、お気に召さないのかなというのがちょっと残念。川島には「万年候補」のニオイが。(笑)
ここから最終的にどう絞り込まれたとしても、最初に”ピックアップ”したことの意気込み感というか青写真感みたいなものは、書き留めておく価値のあるものだと思います。頑張れ岡田さん。
・・・・目下の心配事としては、充電中にトークの軽妙さが激しく磨かれているので(笑)、逆にテンパって調子の悪い時が目立ってしまうんじゃないのかなということ。
やっぱり新しいことが始まるのは楽しみですよ。
”サッカー”がというよりも、なんであれそれに浸透している”論理”や”思考”を感じるのが。
多分岡田さんのは、細胞に泌み渡るように感じられるだろうから。
>岡田監督、頭で理解できても体が、受け付けない?
>この脱力感はなんでしょうか?
僕の感じだと、まるでよく知っている女友達と寝ろと言われてるような、結婚しろと言われてるようなそんな感じはあります。いいコだけど、好きだけど・・・・でも・・・・
あるいは家業を助ける為に、取り引き先の娘さん(売れ残りの長女?)と結婚することを決心した跡取り息子みたいな気持ち?(笑)
まあ馬には乗ってみよ、女には添うてみよってね(言わないけど)。球は蹴ってみよ。
いいコなのは間違い無さそうだから、いずれ情(じょう)はわきますよ。味も出ますよ。多分。(笑)
日本代表候補 トレーニングキャンプメンバー(12/18、19)(07.12.11)(JFA)
■GK:
川口 能活 1975.08.15 180cm/77kg ジュビロ磐田
楢崎 正剛 1976.04.15 187cm/80kg 名古屋グランパスエイト
川島 永嗣 1983.03.20 185cm/80kg 川崎フロンターレ
西川 周作 1986.06.18 183cm/79kg 大分トリニータ
■DF:
中澤 佑二 1978.02.25 187cm/78kg 横浜F・マリノス
坪井 慶介 1979.09.16 179cm/67kg 浦和レッズ
加地 亮 1980.01.13 177cm/73kg ガンバ大阪
田中 マルクス 闘莉王 1981.04.24 185cm/82kg 浦和レッズ
駒野 友一 1981.07.25 172cm/76kg サンフレッチェ広島
岩政 大樹 1982.01.30 187cm/85kg 鹿島アントラーズ
徳永 悠平 1983.09.25 179cm/74kg FC東京
水本 裕貴 1985.09.12 183cm/72kg ジェフユナイテッド千葉
青山 直晃 1986.07.18 182cm/72kg 清水エスパルス
安田 理大 1987.12.20 173cm/65kg ガンバ大阪
内田 篤人 1988.03.27 176cm/62kg 鹿島アントラーズ
■MF:
橋本 英郎 1979.05.21 173cm/68kg ガンバ大阪
羽生 直剛 1979.12.22 167cm/63kg ジェフユナイテッド千葉
遠藤 保仁 1980.01.28 178cm/75kg ガンバ大阪
中村 憲剛 1980.10.31 175cm/66kg 川崎フロンターレ
鈴木 啓太 1981.07.08 177cm/67kg 浦和レッズ
阿部 勇樹 1981.09.06 177cm/77kg 浦和レッズ
山瀬 功治 1981.09.22 173cm/70kg 横浜F・マリノス
今野 泰幸 1983.01.25 178cm/73kg FC東京
山岸 智 1983.05.03 181cm/77kg ジェフユナイテッド千葉
長谷部 誠 1984.01.18 177cm/65kg 浦和レッズ
水野 晃樹 1985.09.06 173cm/62kg ジェフユナイテッド千葉
本田 圭佑 1986.06.13 182cm/74kg 名古屋グランパスエイト
■FW:
播戸 竜二 1979.08.02 171cm/65kg ガンバ大阪
巻 誠一郎 1980.08.07 184cm/81kg ジェフユナイテッド千葉
前田 遼一 1981.10.09 183cm/80kg ジュビロ磐田
大久保 嘉人 1982.06.09 170cm/73kg ヴィッセル神戸
田代 有三 1982.07.22 181cm/77kg 鹿島アントラーズ
矢野 貴章 1984.04.05 185cm/74kg アルビレックス新潟
※紫=日本代表候補初選出
・・・・旧オシム+五輪の主力。実にこう、どこからも文句の出難い満点回答という感じで、さすがという感じですが。正にこの破綻の無さをある意味では期待されてるわけですよね、当面。
でもその中での新加入組、岩政+徳永+田代の”Down To Earth”な、ソリッドな感じは早くも”岡田”色なんでしょうね(特に今更徳永というのは”意思”を感じます)。安田+内田は4バック色とも言えるし、オシムが固定して放置していた部分に手当てを行ったとも言えるし。岩政あたりもそうですが。
それにしてもサイドバックは候補が他にいないんだなという。この二人を世に送り出した吉田ユース・チームの功績は大きいなという。
長谷部はいいんだけど、もうすぐ「海外組」になっちゃうの?という。(笑)
個人的にはGKで今の都築のスケール感というのは、超日本人的で抜けてると思うんですが、お気に召さないのかなというのがちょっと残念。川島には「万年候補」のニオイが。(笑)
ここから最終的にどう絞り込まれたとしても、最初に”ピックアップ”したことの意気込み感というか青写真感みたいなものは、書き留めておく価値のあるものだと思います。頑張れ岡田さん。
・・・・目下の心配事としては、充電中にトークの軽妙さが激しく磨かれているので(笑)、逆にテンパって調子の悪い時が目立ってしまうんじゃないのかなということ。
やっぱり新しいことが始まるのは楽しみですよ。
”サッカー”がというよりも、なんであれそれに浸透している”論理”や”思考”を感じるのが。
多分岡田さんのは、細胞に泌み渡るように感じられるだろうから。
2007年12月07日 (金) | 編集 |
最初から余談ですが、この前例の後藤健生『日本サッカー史 代表篇―日本代表の85年』
を読んでいたら、’94ファルカン解任後の代表監督候補に、なぜか(?)来日前の”オジー”アルディレスの名前が挙がっていたことが書かれていて、初耳でびっくりすると同時に胸を撫で下ろしました。(笑)
いやー、加茂で良かったあ。あの時点、あの明からさまに発達途上/暗中模索中の日本代表の監督に、オジーみたいな要するに”ありあわせの材料で取りあえず食えるものを作る”だけの人(そういう意味で”名手”ではありますが)を据えても、余り意味がないというか体裁だけ整って本当の意味での成長にも実験にも結び付かなそうというか。
なんで名前が挙がったんでしょうね、まだ清水関係のコネは無いわけだし。トッテナムでそんな国際的名声があったのかな。
真面目な話加茂で良かったと思いますよ。そりゃ最終的に足りないところは沢山あったでしょうけど、オフトによる下拵えの後あのタイミングで加茂が行った、”ゾーンプレス”という分かり易い標語の下での日本人なりの「世界標準」への地道なアプローチ、どこらへんがどのように通用してどこらへんがどのように通用しないのか、あるいはどういうタイプの日本人選手なら(とりあえず)使えてどうなら駄目なのかの、ほとんどガラス張りの選別作業は、日本人全体のそこらへんに関する共通認識を確立するのに大いに、むしろ絶対的に貢献したと思います。ほとんど日本サッカー10年20年の計というレベル。結果的に。
”足りない”のも逆に良かったんですよね。つまり自分も実はよく分かってない(笑)日本人監督がエッチラオッチラやってたのが、かえって作業の定着には効果的だった。舶来の、流行りものになることを防いだ。外国人の名将に”救って”or”奇跡を起こして”もらうというような姿勢にならずにすんだ。
・・・・というわけで久々の日本人監督岡ちゃん誕生の話に移るわけですが。
いきなりですが今このタイミングでの岡田監督が、裏事情とか全部取っ払って「適格」かどうかと言えば、適格でないと僕は思います。イエスかノーで言えば。
つまり岡田”監督”が代表/札幌/Fマリで実績として示して来たもの、「現有戦力の過不足ない取りまとめ」「守備を中心とする(トップではなく)ボトムの確保・堅固化」という能力、それが今正に日本代表にジャストなものかと言えば、そうだとは思えない。・・・・「戦う集団作り」の方は、基本的にどのようなチームにも必要なものですから、別にいいですけどね。
これはある種の(代表の)チーム作りの『サイクル』というような観点からの判断です。つまり「種を蒔く/広げる/チャレンジする」時期と、それを「収穫する/まとめる/安定させる」時期、クラブチームと違って選手の”在籍”に基本的に一貫性を期待出来る代表チームでは、こうしたある意味贅沢な時間感覚が許されると思うんですが。
分かり易く『種蒔き』と『収穫』の2分法にしておきますか。
具体的に言うとこんな感じか。
A.日本リーグ(や横山等の近々の代表監督)が蒔いた『種』を、オフトが大幅に品種改良を加えつつ『収穫』した時期。
B.加茂が蒔いた『種』を、岡田が『収穫』した時期。
C.トルシエが蒔いた『種』を、ジーコが『収穫』し・・・・損ねた時期。(笑)
そして現在、
D.オシムが『種』蒔き中だった畑を・・・・岡田はどうする?
そう言えばファルカンという人もいましたが、あれは前後と切れているというか、作物自体が違う感じなのでよく分かりません(笑)。(いや、むしろ畑が違ったのか?)
勿論これは至って恣意的な区分で、いくらでも違う見方は出来るかと思いますが。
ちなみにここで僕が”耕作単位”として着目としているのは主に3つ、
(1)選手の一貫・連続性
(2)戦術の(以下同文)
(3)活動期間
ですかね。
(1)か(2)のどちらかを強く引き継いでいれば、その監督は『収穫』者だと定義出来るでしょうし、またある程度以上の活動期間がないと、『種蒔き』が完了した(つまり『収穫』者の出番だ)とは認定しづらい。
具体的にはAのオフトは戦術は自前ですが、選手はほぼ全面的に旧体制に依存していた。Bの岡田はどちらも基本的に加茂由来。Cのジーコは戦術的には真逆ですが、選手に関しては大々的に前任者の恩恵を受けている。(or食い潰した)
問題はDのオシムと岡田の関係ですが・・・・。
例えば僕自身、オシム在任期の最後の方には「オシムのチーム作りはほとんど完成しているのではないか」と主張していたわけで、そういう意味では”『収穫』者岡田”もありではあるのかも知れない。
ただAは言うに及ばずBの加茂には’95〜’97のほぼ3年間、Cのトルシエには丸々4年間が与えられていたわけで、オシムだけ1年ちょいぽっちというのは、余りにも不公平。
勿論交代自体は不慮の事態なので仕方ないんですが、種蒔き作業が終わったという認定は、情においても(笑)どうにもしづらい。それが岡田新監督の立場も分かり難くするわけで。まだ種蒔き期間ではないのか、そういうタイプの冒険的な監督が相応しい時期ではないのかという。
実際には岡田さんがどういう”引き出し”を持っているかは分かりませんが、少なくとも代表監督の選考理由として考慮に入れられるべき「実績」としては、”まとめ屋”以外のものはほとんど持っていないんですよね。
人それぞれ得意不得意というものはあって、十中八九、岡田さんが最も活きる仕事のタイプとしてはそれでしょう。そこらへん、不完全燃焼のオシムの後、前回と違ってまだ3年も時間があって「とりあえず」だけでは済まない今回のミッション、やり難いと言えばやり難いだろうなという。”失敗”後の交代ではないので、成功して当たり前みたいなところもあるし。
そういう意味ではすぐに3次予選というのは、タイミングとしてはきついけどラッキーかもなというところはありますね。とりあえずそこで得意の手腕は一定程度示せる。そこで得た地位の安定を利して、多少退屈でも(?)地道に戦闘力を高めて行く作業に専心するか、それとも札幌の1年目でちらっと見せたとかいう、あるいはFマリの最終年でかけ声倒れに終わったとかいう(笑)、隠し持った「理想のサッカー」を改めて追究するか。
”出来ること”があるのが分かっている人だけに、”出来ない”ことまで期待されてそれで潰れたりすると気の毒だなと心配するわけですが。
岡田さん個人は大好きですよ。何回か言ってますが。
天才や超人の類を除けば、現代の最も優れた日本人の内の1人ではないかとすら思います。言うことにいちいち納得性があって、見ていて全くと言っていいほどストレスを感じない人。勿論最も豊かな実績と信頼性を持った日本人監督の1人であるのも、間違い無いところですし。
心情的には120%応援してますけど。ただどうもあのチームを岡田監督が受け継いでどのような”未来”があるのかというのが、今一つスムーズにイメージ出来なくって。最終的には全く別物になるんだろうなというのは、何となく予感しますが。
何か一つでも、「岡田監督だから実現した」ものが生まれればいいですね。あるいは日本人監督だから、か。加茂の時のように。
そろそろ会見が始まるようで。それによって新たに感情が揺さぶられる前に(笑)、アップ。
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を読んでいたら、’94ファルカン解任後の代表監督候補に、なぜか(?)来日前の”オジー”アルディレスの名前が挙がっていたことが書かれていて、初耳でびっくりすると同時に胸を撫で下ろしました。(笑)
いやー、加茂で良かったあ。あの時点、あの明からさまに発達途上/暗中模索中の日本代表の監督に、オジーみたいな要するに”ありあわせの材料で取りあえず食えるものを作る”だけの人(そういう意味で”名手”ではありますが)を据えても、余り意味がないというか体裁だけ整って本当の意味での成長にも実験にも結び付かなそうというか。
なんで名前が挙がったんでしょうね、まだ清水関係のコネは無いわけだし。トッテナムでそんな国際的名声があったのかな。
真面目な話加茂で良かったと思いますよ。そりゃ最終的に足りないところは沢山あったでしょうけど、オフトによる下拵えの後あのタイミングで加茂が行った、”ゾーンプレス”という分かり易い標語の下での日本人なりの「世界標準」への地道なアプローチ、どこらへんがどのように通用してどこらへんがどのように通用しないのか、あるいはどういうタイプの日本人選手なら(とりあえず)使えてどうなら駄目なのかの、ほとんどガラス張りの選別作業は、日本人全体のそこらへんに関する共通認識を確立するのに大いに、むしろ絶対的に貢献したと思います。ほとんど日本サッカー10年20年の計というレベル。結果的に。
”足りない”のも逆に良かったんですよね。つまり自分も実はよく分かってない(笑)日本人監督がエッチラオッチラやってたのが、かえって作業の定着には効果的だった。舶来の、流行りものになることを防いだ。外国人の名将に”救って”or”奇跡を起こして”もらうというような姿勢にならずにすんだ。
・・・・というわけで久々の日本人監督岡ちゃん誕生の話に移るわけですが。
いきなりですが今このタイミングでの岡田監督が、裏事情とか全部取っ払って「適格」かどうかと言えば、適格でないと僕は思います。イエスかノーで言えば。
つまり岡田”監督”が代表/札幌/Fマリで実績として示して来たもの、「現有戦力の過不足ない取りまとめ」「守備を中心とする(トップではなく)ボトムの確保・堅固化」という能力、それが今正に日本代表にジャストなものかと言えば、そうだとは思えない。・・・・「戦う集団作り」の方は、基本的にどのようなチームにも必要なものですから、別にいいですけどね。
これはある種の(代表の)チーム作りの『サイクル』というような観点からの判断です。つまり「種を蒔く/広げる/チャレンジする」時期と、それを「収穫する/まとめる/安定させる」時期、クラブチームと違って選手の”在籍”に基本的に一貫性を期待出来る代表チームでは、こうしたある意味贅沢な時間感覚が許されると思うんですが。
分かり易く『種蒔き』と『収穫』の2分法にしておきますか。
具体的に言うとこんな感じか。
A.日本リーグ(や横山等の近々の代表監督)が蒔いた『種』を、オフトが大幅に品種改良を加えつつ『収穫』した時期。
B.加茂が蒔いた『種』を、岡田が『収穫』した時期。
C.トルシエが蒔いた『種』を、ジーコが『収穫』し・・・・損ねた時期。(笑)
そして現在、
D.オシムが『種』蒔き中だった畑を・・・・岡田はどうする?
そう言えばファルカンという人もいましたが、あれは前後と切れているというか、作物自体が違う感じなのでよく分かりません(笑)。(いや、むしろ畑が違ったのか?)
勿論これは至って恣意的な区分で、いくらでも違う見方は出来るかと思いますが。
ちなみにここで僕が”耕作単位”として着目としているのは主に3つ、
(1)選手の一貫・連続性
(2)戦術の(以下同文)
(3)活動期間
ですかね。
(1)か(2)のどちらかを強く引き継いでいれば、その監督は『収穫』者だと定義出来るでしょうし、またある程度以上の活動期間がないと、『種蒔き』が完了した(つまり『収穫』者の出番だ)とは認定しづらい。
具体的にはAのオフトは戦術は自前ですが、選手はほぼ全面的に旧体制に依存していた。Bの岡田はどちらも基本的に加茂由来。Cのジーコは戦術的には真逆ですが、選手に関しては大々的に前任者の恩恵を受けている。(or食い潰した)
問題はDのオシムと岡田の関係ですが・・・・。
例えば僕自身、オシム在任期の最後の方には「オシムのチーム作りはほとんど完成しているのではないか」と主張していたわけで、そういう意味では”『収穫』者岡田”もありではあるのかも知れない。
ただAは言うに及ばずBの加茂には’95〜’97のほぼ3年間、Cのトルシエには丸々4年間が与えられていたわけで、オシムだけ1年ちょいぽっちというのは、余りにも不公平。
勿論交代自体は不慮の事態なので仕方ないんですが、種蒔き作業が終わったという認定は、情においても(笑)どうにもしづらい。それが岡田新監督の立場も分かり難くするわけで。まだ種蒔き期間ではないのか、そういうタイプの冒険的な監督が相応しい時期ではないのかという。
実際には岡田さんがどういう”引き出し”を持っているかは分かりませんが、少なくとも代表監督の選考理由として考慮に入れられるべき「実績」としては、”まとめ屋”以外のものはほとんど持っていないんですよね。
人それぞれ得意不得意というものはあって、十中八九、岡田さんが最も活きる仕事のタイプとしてはそれでしょう。そこらへん、不完全燃焼のオシムの後、前回と違ってまだ3年も時間があって「とりあえず」だけでは済まない今回のミッション、やり難いと言えばやり難いだろうなという。”失敗”後の交代ではないので、成功して当たり前みたいなところもあるし。
そういう意味ではすぐに3次予選というのは、タイミングとしてはきついけどラッキーかもなというところはありますね。とりあえずそこで得意の手腕は一定程度示せる。そこで得た地位の安定を利して、多少退屈でも(?)地道に戦闘力を高めて行く作業に専心するか、それとも札幌の1年目でちらっと見せたとかいう、あるいはFマリの最終年でかけ声倒れに終わったとかいう(笑)、隠し持った「理想のサッカー」を改めて追究するか。
”出来ること”があるのが分かっている人だけに、”出来ない”ことまで期待されてそれで潰れたりすると気の毒だなと心配するわけですが。
岡田さん個人は大好きですよ。何回か言ってますが。
天才や超人の類を除けば、現代の最も優れた日本人の内の1人ではないかとすら思います。言うことにいちいち納得性があって、見ていて全くと言っていいほどストレスを感じない人。勿論最も豊かな実績と信頼性を持った日本人監督の1人であるのも、間違い無いところですし。
心情的には120%応援してますけど。ただどうもあのチームを岡田監督が受け継いでどのような”未来”があるのかというのが、今一つスムーズにイメージ出来なくって。最終的には全く別物になるんだろうなというのは、何となく予感しますが。
何か一つでも、「岡田監督だから実現した」ものが生まれればいいですね。あるいは日本人監督だから、か。加茂の時のように。
そろそろ会見が始まるようで。それによって新たに感情が揺さぶられる前に(笑)、アップ。





